*刹那女装のグラ刹の時間軸です。ハムとロクは(何故か)対面済み。
すみません、ロクの話っていうかむしろグラ刹…
目を開けると白い天井が見えた。
ゴーっという聞き慣れた、独特の音が耳の奥で聞こえる。
トレミーにいるときと同じ音だ。宇宙を移動していると、こんな音が鳴る。
俺は今、どこにいるんだ?
「気がついたかな?」
今度は聞き慣れない男の声がした。
身体が全く言うことを聞かず、目だけを声のする方にむけることしかできなかった。
「……ここ、は…」
口も思うように開かない。呼吸器を付けられていたのだと気づいたのは伸びてきた手がそれを外したからだ。
「ここは、ユニオン軍の所有する戦艦の治療室だ」
ユニオン軍、ということは自分は捕虜になったということだろうか。
死なせては情報を聞き出せないから、こうして手当てを受けているのだ。
宇宙を漂流していた所を発見されたのかもしれないが、
どこの軍ともわからないパイロットスーツを着ていれば、疑われるのは確実だった。そしてそれは当たっている。
何を聞かれても口を割るものか、と決心したとき、思いもよらぬ言葉がその男の口から発せられた。
「しばらく寝ていたんだよ、ロックオン・ストラトス」
ーどうして俺の名前を。
所有物など何もなかったはずだ。名前など、分かるはずがない。
「…違ったかな。記憶力には自信があるのだけれど」
記憶力?何を言ってるんだこいつは。
「……思い出せないかな?」
動かない首をなんとか横に向けて声の主を見たとき、はっと息を呑んだ。
長身の金髪。パイロットスーツを着ていたが、見間違うはずがなかった。
ーその顔には見覚えがあったのだ。
「……あんたは…」
「思い出したか?私はグラハム・エーカーだ」
表情の変化をはっきりと読み取った目の前の男は前と同じようににっこりと微笑んだ。
(−嘘だろ…)
だって、こいつは。
「……刹那は、元気かな?」
ーこいつは、刹那の恋人だ。
グラハム・エーカーに会ったのは、もう随分前のことだった。
せっかくの休暇だというのに女性陣に買い物を頼まれ、アレルヤと連れ立って出かけた、その帰り道。
「あれ、刹那じゃねぇの?」
「ほんとだ」
向こうから歩いてくる、2つの姿を見つけた。
近づいて声を掛けると刹那は少し気まずそうに、隣にいる男をちらちらと見ていた。
それが、グラハム・エーカーだ。
いつもと様子が違う刹那をからかってやるつもりで「彼氏か?」と問いかければ、刹那は否定するどころか真っ赤になった。
「そうだ」と小さく呟く刹那を見て、今度はこちらが真っ赤になったのである。
「え?ほんとか?ほんとにお前ら付き合ってんのか?」
「ーロックオン」
アレルヤが制止したので深くは追求せず、お互い名前だけ紹介して別れたのだが。
確かあの時刹那は自分のことを「同僚だ」と言って紹介したはずだ。
ということはこの男は。
「最近仕事が忙しいからと会っていなかったんだ。…こういうことだったとはね」
「……こういうことって?」
「−まあ良い。私の一存で、君などどうにでも出来るのだよ」
「……あんた、軍人だったのか」
「上級大尉、と呼ばれている」
「……」
だんだん意識がはっきりしてきた。
恐らくこいつは知ってしまったのだ。自分の恋人が、どんな仕事をしているか。
紹介されたときもっと上手い嘘を吐けば良かったのか。だが、その時はまさかこんな事になるとは思ってもみなかったのだ。
刹那が仕事についてどのような嘘をついたのかは知らないが、彼の苦心も自分の所為で無駄になってしまった。
傷が回復すれば、取調べから拷問か。どうなるにせよ、もう2度とあの場所へは帰れない。
もういっそ死んでおけば良かったのに、と天を仰いだ時、隣からまたもや信じられない言葉を聞いた。
「安心したまえ、君は捕虜ではない」
「……」
どういうことだ。
あの状況で発見されて、民間人だと信じて疑わないほど鈍いやつだとは思えない。
結果たとえ民間人だったとしても、軍人として、まずは疑うべきだろう。上級大尉ならなおさらだ。
「モニターで君の姿を発見して救助したのは私だ。私の技術顧問の協力もあってね、なんとかバレないうちに着替えさせられた。
−民間人だと言っても、疑われないようにね」
「……」
「なぜそんなことをするのかわからない、と言った顔だね」
「……そうだな…俺は民間人だから」
「…では、そういうことにしておこう。これからこの船は一度地球に戻ることになっている。
怪我をした「民間人」を我が軍の病院に送り届けるためにね」
「…それは、ありがたいことだ」
「だからくれぐれも脱走などとは考えないように。かえって怪しまれるだけだ」
そう言うのは、俺が民間人ではなく、脱走を企てなければならない者だと知っているからだ。
「まあその怪我では動けないだろうがね。とにかく今は休んだ方がいい。
私の言ったことが信じられない気持ちもわかるが、たとえこれが嘘だったとしても、全ては怪我が治ってからなのだよ」
不本意だったが、それに従うことにして目を閉じた。彼の言うとおり、全ては怪我が治ってからなのだ。
次に目を覚ました時、またもや見慣れない場所に居た。
気づかないうちに、病院に移されていたらしい。
しばらくするとグラハム・エーカーが当たり前のようにやってきて、ベッドの傍にある椅子に腰を下ろすと口を開いた。
「…まだ疑ってるかもしれないが、さっき私が言ったことは全て本当だ。病院側にも、うまく言っておいた」
肩書きもたまには役にたつものだねと付け加えて彼は自嘲気味に笑った。
確かに上級大尉である彼の言うことなら皆信じるだろう。
けれどやはり疑わずには居られない。
本当だと言うなら、なぜ軍を裏切るような真似をしてまで俺を助けたのか。
黙ったままでいると、彼は苦笑して続けた。
「君を見つけた時は、ついにやったと思ったんだよ。
少し離れた所で戦闘が行われていたことは知っていたし……ソレスタルビーイングのパイロットだと」
「…」
「顔を見て驚いた。それから刹那の言っていたことを思い出してー…ショックだった。とてもね」
声が少し震えた。きっとこいつは、刹那がソレスタルビーイングだとわかったことよりも、嘘を吐かれていたことの方が悲しかったのだ。
それはそうだろう。裏切られた気分になるのも、分からなくはない。
彼を見ると目を伏せていた。
「……刹那は、生きて…」
「……多分」
消え入るような声で言われて、思わず返事をしてしまった。
少しほっとしたらしい。顔を上げて、目が合う。
ーその瞬間にまた息を呑んだ。
勘違いかもしれない。けれど、その顔はユニオンの上級大尉ではないような気がした。
あの時、初めて会った時と同じ、優しい笑みだ。
「…刹那が、たまに君の話をする」
「…え」
「大した話じゃない。夕食の時に好き嫌いするなと言われただとか、勝手に服を洗濯されただとか」
「あぁ…」
いつもの光景だ。口うるさい親父みたいだと皆に言われる。
「私は、なかなか刹那と一緒にいることが出来ない。だから、いつも君には感謝していた」
「……」
「軍を裏切るような、こんな馬鹿げたことをしているのは刹那のためだ。
クールで無表情だが、刹那が君を信用し、大切に思っていることを私はずっと知っていた。
ー我ながら笑ってしまうが、私は彼を傷つけてしまうことが一番恐ろしいのだよ」
時間がないから、と言ってグラハム・エーカーは部屋を出て行った。きっと、もう来ることはないだろう。
彼の話を丸々信じたわけではない。彼にとって、俺の命など取るに足りないものだからだ。
もしあと5分後に軍人が沢山やってきてソレスタルビーイングについて話せと言われたとしてもおかしなことではない。
見るからに真面目そうである。本当のことを軍に報告している可能性は十分にあった。
けれど結局5分後にやってきたのは包帯を代えに来た看護師で、その後は、グラハム・エーカーも見知らぬ軍人も、
…もう誰も来ることはなかった。
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