2週間の半同居生活が始まっ
た。 平日学校が終わってバイトに行くまでの間に少し訪ねて夕食の準備をし、バイトが終わってから一緒に夕食を食べる。 週 末はリビングにあるソファベッドを借りてロックオンの家に泊まることにした。 そこまでする必要があったのかどうかはわからない。けれ ど、他の3人がそれを望んだのだ。ティエリアと刹那が一緒にご飯を食べたいと言って、ロックオンが泊って行けばいいと言った。 「たま に」と言ったはずなのに結局ほぼ毎日行っているのはそれだけ居心地が良いからだろうか。 最初の1週間でティエリアと刹那は洗濯と食器 洗いがほとんど完璧にできるようになった。 聞けば、施設でも洗濯はやらされていたらしい。そういえば2回目に会ったとき、ティエリア は洗濯物を畳んでいた。 食器洗いは、2人曰く、「学校の調理実習で」らしい。確かに調理実習での男の子の役割といえば食器洗いであ る。 そんな訳で、それまでに経験のあったこの2つのことは1週間で随分上達することができた。 料理に関しては、 以前のように手伝わせながら覚えさせれば良かったのだけれど学校の終わった時間からバイトまでの僅かな時間では叶わず、 週末はなぜか ロックオンが非常にやる気をだしてキッチンを占領し、入れる雰囲気ではなかったので断念した。 そうこうしている間に、ティエリアと刹 那が施設に帰るまで1週間を切ったのだが、アレルヤはこのまま2人を施設に返すことに少しの不安を感じていた。どうにもその場所に良い印象を持てないので ある。 なによりティエリアはあんな思いをしているわけだし、刹那は人と関わることをとことん拒絶してしまう子になってしまった。 刹 那の無口っぷりは、1週間たっても(ロックオンの家に来てからはもう3週間だが)特に変わる様子はなかった。最初に比べると基本的な挨拶はするようになっ てきており、聞かれたことには答えるのだが、自ら話し出すということはない。 このくらいの年の子供はもっと溌剌としているものなので はないかと思ったアレルヤがそれとなくティエリアに相談してみると、彼はあっさりと自分の所為かもしれないと言った。 「どういうこ と?」 「俺が初めて会った時からあまり話さない子だったんだが、俺があんなことをされて…刹那に同じ思いをしてほしく無かったから、 人との接触は出来る限り避けるように言い続けてきたんだ」 「……そう…」 ロックオンが頭を撫でようとしたら逃げ た、と言っていたのを思い出す。その理由に納得して、ますます不安になったのである。 幼い頃、アレルヤは誰かに抱きしめられたことで 安心した記憶がある。誰かのぬくもりというのは人間にとって必ず必要なものなのではないかと思う。特に、子供にとっては。 それを拒絶 するというのは安心できる場所を自ら奪っているのと同じことで、いつでもそうなら刹那の安心できる場所はどこにもないということだ。これは非常にまずいの ではないんだろうか。 だからといって、どうすればいいんだ、とアレルヤが頭を抱えていると、ティエリアから心強い言葉が聞こえた。 「大 丈夫だ、アレルヤ。刹那の面倒は施設に帰っても俺がちゃんと見る。もうあの男はいないし、人との接触を避ける理由もなくなった」 と、 いうようなことがあった数日前を思い出してアレルヤは盛大に溜息をついた。眼の前には大量の洗濯物。今日はバイトが休みだったので学校が終わってからすぐ にロックオンの家へ向かった。 めずらしく定時で帰ってきたロックオンがキッチンに立ったのはもう随分前のことだ。ロックオンはてきぱ きと料理をしているのに、アレルヤは先ほどからちっとも集中できない。 少し転寝なんかもしてしまった。疲れているのだろうか、と思い 立っていやいやと頭を振った。疲れていても、家に帰って一人で居るのは嫌だと思うほどに、アレルヤはこの生活が気に入っていた。 「代 わるぞ、アレルヤ」 掛けられた声にふと顔を上げるとティエリアが立っていた。 「あ…宿題は?」 「も う済んだ」 即答して隣に座り込む。次々と畳んでいくティエリアの手つきはすっかり慣れたものだ。 洗濯物の畳み方 なんて、小さくまとめてしまえば良いのだと言ってしまえばそれまでなのだが、きれいな畳み方というのがある。 今までやっていた割に は、1週間前はそれほどうまいとは言えなかった。それを今ではすっかりマスターしている。 覚えが良いのと、手先が器用なのだ。 「ねぇ、 ティエリア。君って、学校の成績良いの?」 ふと気になったので聞いてみると、ティエリアは少し考える素振りをしてから、「普通だと思 う」と答えた。 「どうしてそんなこと聞くんだ?」 「あ、いや…覚えが早いなぁと思って」 「… あぁ、それは自分でも得だと思っている」 その言葉にどこか影を感じたアレルヤは首をかしげた。 「どういうこ と?」 「あんな場所では満足に勉強も出来ない。1度の授業で頭に入れないと周りに付いていけないんだ」 「……」 益 々不信感を抱いてしまう。一体どんな施設なんだ。子どもにさせるべき当り前のことをさせていないなんて。 「…アレルヤ、誤解しないで ほしいんだが」 渋い顔をしていたのを見られたのか、ティエリアが不安そうな表情でこちらを見て言った。 「あの施 設はそんなに悪い所じゃない。確かにあんな男は居たが…それだけだ。勉強が出来ないのは人数が多くて騒がしいだけで…一応、試験前は勉強するように職員も 呼び掛けている」 その呼びかけに応じるか応じないかは個人の自由だし、応じた所で試験のない小学生組がやかましくて勉強どころではな いのだが、と付け加えて洗濯物に視線を落とす。 また洗濯物を畳み始めたティエリアを見ながら、アレルヤはやはりティエリアは頭がいい のではないかと思う。 1時間の授業だけで頭に入れるということももちろんそう思う一つの理由ではあるのだが、あんなことをされた施設 のことを客観的に、冷静に見ているところが、だ。 彼は年の割にはとても落ち着いている。とても冷静で…でもそれが少し悲しい、とアレ ルヤは思った。 「ア レルヤ、俺は悲しい」 「……はい」 夜のリビングルーム。時刻は10時である。 放っておけば 9時には部屋に帰ってしまう刹那たちをさんざん引きとめたアレルヤとロックオンだったが、ついに先ほど帰してしまった。 2人きりに なって、お茶でも飲もうかと淹れてきた所で今の発言である。 「あと、3日ですもんね…」 「せっかく刹那もちょっ と懐いてくれたのになー…」 ずーんという効果音が聞こえてきそうである。 ロックオンがずっと刹那に人並みのコ ミュニケーション能力をつけさそうと熱心に話しかけていることはアレルヤも知っていた。 効果があるのかないのかアレルヤにはよくわか らなかったが、刹那が少しずつ話すようになったのは俺のおかげだとロックオンは言い張っている。 だからこそ、悲しいのだろう。これで 施設に帰って元に戻ってしまってはロックオンの努力が台無しだ。 「でも昼間…ティエリアがあそこはそんなに悪い所じゃないって言って ましたよ」 「…悪い所ばかりじゃないっていうのは認めるよ。俺、あそこに住んでたこともあるから」 「えっ…?! そっ…そうだったんですか…っ?!」 アレルヤだって、2人が居なくなってしまうことは悲しい。けれど、少しでも気分を明るくしようと 昼間のティエリアの発言を伝えると、思いもかけない言葉が返ってきた。 驚いて言葉を返すとロックオンは苦笑して続けた。 「知 り合いが勤めてるって言ってたろ。14で家族をほとんどなくして、それから就職するまでの3年間暮らしてた」 「そう…ですか…」 てっ きり、彼の友人の職場とかなのかと思っていた。逆だった。彼らがそこに勤めていたから知り合うことができたのだ。 「あの、じゃあ刹那 とティエリアとは施設に居た時からの…」 「いや、なんせ人数が多いからな。全然知らなかった。まぁ顔くらいは見たことあったかも なぁ…」 聞くと、彼も中学を卒業してアレルヤが今通っている看護学校に入学したらしい。2年で准看護師の資格を取って卒業したあと今 の病院に就職し、去年看護師の資格を取ったそうだ。 ほとんど驚きながらその話を聞いていた。勝手に、彼には温かい家族がいるのだろう と思っていたから。家族を亡くしたなんて暗い過去があるようには見えなかったのだ。 両親がいないという点ではアレルヤにも共通すると ころがあるが、アレルヤの場合は親がどんな人かも知らない。けれど親が居ない自分を憐れんだことは一度もない。 親が居ないと言って も、最初から居ないのと、途中から居なくなるのとでは随分違うのではないだろうか。 ロックオンの話を聞いたので、アレルヤも自分の生 い立ちの話をすることにした。そんなような話もした。 すると彼はうーんと唸ったあと、こう言った。 「つまり、お 前の言いたいのはどうせ亡くすなら最初から知らない方が幸せってことか?」 「まぁ…そんなような」 「うん、それ には反対だな」 「…どうして?」 あまりにもあっさり否定されたので不思議に思う。 「確かに 親しい人を失うのは悲しい。だけどその人と出逢わなければ良かったとは思わない。俺は家族から数えきれないほどのものを与えてもらった。 彼らを亡くした時、俺はこれ以上ない悲しみを知った。だけど彼らが生きていた時、俺はこれ以上ない幸福を与えられたんだ。それまで失いたいとは思えない。 それにな、なくすことを恐れていたら、その先誰とも親しくすることが出来ない。そっちの方が不幸だと、俺は思う」 言われてみれば、そ うかもしれない。 例えば今回のことだって、もうあと3日すれば元の生活だ。悲しい、と思うけれど彼らに出逢わなければ良かったのか、 と考えるとそんなことはない。 どうしてか、という具体的なところは分からない。けれどロックオンが言うように、きっと自分も彼らに何 かを与えてもらったのだろう。 そんなことを考えていた時、偶然ロックオンの口からも今回の話が出てきた。 「あの 2人が居なくなるのは悲しいよ。あの2人だけじゃない。3日後にはお前だって居なくなる。だけど勿論出逢ったことを後悔してない。 一生逢えないわけじゃないっていうのもあるが、俺はこの短い間にも幸福を与えられたと思ってる。刹那から、ティエリアから。アレルヤからだってな」 「… 僕から?」 尋ねるとロックオンははっきり頷いた。零れるような笑顔と共に。 そうか、僕が何かを与えることもでき るんだ。 その事を嬉しく思うのと同時に、また彼から新たな物が与えられたようにも感じた。 そ の日から3日間、アレルヤはロックオンの家に泊まることにした。刹那とティエリアは施設から車が迎えに来るらしく、それを2人で見送ろうということになっ たのだ。 3日後というと日曜日にあたる。学校も休みだしちょうどいいと思ってその提案に頷いたのだが、その次の日は人の家から通学す るという妙な感覚を味わった。 今まで平日に泊まったことはなかったので何も思わなかったが、朝起きて学校へ行き、また当り前のように 帰ってきて家事までやってしまうというのは本当に住んでしまっている感じがする。 なんとなく変な感じだと思いながら金曜日が過ぎ、土 曜日が過ぎ、そして日曜日になった。 「お世話になりました」 マンションまで迎えにきた車に荷物を乗せて、身軽に なったティエリアがアレルヤとロックオンを振り返った。刹那もティエリアの横に並ぶ。ついにこの日が来てしまったのだ。 前日はお別れ 会でもしようかとロックオンが提案したのだがティエリアにあっさり拒否されたため特別なことはなにもせず、別れを惜しんだ。もっとも、ひたすら悲しがって いたのはアレルヤとロックオンであり、子どもたちはさほど名残惜しい様子もなかったのだが。 迎えにきた車はワゴン車で、まだ運転手以 外は乗っていなかったが、彼が言うにはこれから預かってもらっていた子どもたちを順に迎えにいくらしかった。 「昼までには戻らなく ちゃいけなくてね」 要するに時間があまりないから早くしてくれと言わんばかりの説明にアレルヤたちは苦笑してしまった。気持ちは分か らないこともないが、もう少しくらい別れを惜しましてほしいものだ。 「じゃあ元気でな。手紙でもメールでも電話でも良いから何かあっ たらすぐ知らせるんだぞ」 「…わかった」 ロックオンの言葉に刹那が小さく頷く。その後さらに小さく付け加えられ た「ロックオンも、アレルヤも元気で」という言葉にロックオンは非常に感動していた。 思わず抱きしめて刹那に顔をしかめられている彼 を横目で見ながら、アレルヤもティエリアに声を掛けた。 「ティエリアも元気でね。次はいつ会えるか分からないけど絶対に会おうね」 な かなか会えないとは言っても、そんなに遠い距離じゃない。そう思って言うと、ティエリアはここへきて初めてと言っても過言じゃないほど柔らかな笑みを浮か べた。 「あぁ…できるだけ早く会えるよう努力する」 しかしアレルヤにはその言葉の意味がよく分からなかった。刹 那との抱擁がひと段落ついていたロックオンも隣できょとんとした顔をしている。 2人に会うためにティエリアは何か努力しなければなら ないことがあるのだろうか。 「それでは、お元気で」 だがそれを聞くことは叶わなかった。運転手からの視線を感じ てか、ティエリアと刹那が車に乗り込んでしまったのだ。 愛想がいいとは言えない運転手は2人が乗り込むとすぐアクセルを踏んで車を発 進させた。 そんなに広くない道である。あっさりと車道に出ると、車はすぐに角を曲がって見えなくなった。 「…… 行っちまったな」 「そうですね…」 ロックオンがぽつりと漏らした言葉に相槌を打つ。 思い返 してみれば、不思議としか言いようのない1か月だった。突然見ず知らずの人に声を掛けられ子供への接し方を訪ねられ、実際に会ってみるとなんだかとんでも ない子どもだった。 ご飯を食べてもらおうと一緒にグラタンを作ったり、他にも色々なことを教えてみたり… 「ロッ クオン」 「なんだ?」 マンションへと歩きかけていたロックオンが振り返る。 「絶対、また会 いに行きましょうね」 「あぁ、勿論だ」 今日で終わりではない。終わりにはしたくないとアレルヤは思う。身近な者 としてティエリアと刹那の成長を見て行きたい。 知り合ってたったひと月なのにこんな気持ちになるものなのかとアレルヤは驚き、そんな 出逢いができたことを嬉しく思った。 これからまたあの一人暮らしに戻るのは寂しすぎるけれど。 「アレルヤぁ」 そ んなことを考えていた時、少し先に居るロックオンがアレルヤを呼んだ。 「なんですか」 「お前今日、夕飯食って け。一人じゃさみしすぎる」 「…はい」 けどまだ昼にもなってませんよ。 どこかたよりなさげ な、さみしそうな口調についつい少しからかいたい気持ちになってしまう。これは自分がロックオンに親しみを持ちはじめた結果だろうか。 「う るせー。昼食も、夕食もだ!」 そう言い残してロックオンはマンションの自動ドアの中に消えた。 この分だと今日も 泊まらなくてはいけないかもしれない。2人が帰ってしまったことにロックオンはとことん落ち込むだろうから。けれど嫌だとは思わない。 こ の出逢いを与えてくれたのは彼だから。とことん付き合おうと覚悟を決めて彼を追いかけた。 必 ずまた、2人に会いに行こう。 そ れまでは、さよなら。
|