「悪かったな、仕事で疲れてるのに」
「いえ、大丈夫です」
ロックオンの車に乗り込んでから、アレルヤはずっと落ち着かない気持ちでいた。
この人物が何者なのか本当にわからない。
…ロックオン・ストラトス。
クリスティナの言うように、この病院の看護師であることには間違いない。
しかし、それだけでは、その人の人物像を表したことにはならないのだ。
一見悪い人には見えないが、もしかしたら何か企んでいるのかもしれない。
要するに、アレルヤは隣で運転している男を信用できずにいた。
しかし当の本人はアレルヤが自分に疑いを持っていることには全く気づかない風で、事情を話し始めた。
「俺の知り合いの勤めてる児童養護施設で火事があったんだ」
「…火事、ですか?」
そういえば、数日前の新聞に、そんなことが載っていたような気がする。
記憶を辿っていると、ロックオンは続けた。
「あぁ。幸い怪我人は出なかったそうだが、何人かの子供たちの寝る場所がなくなったらしい。
 施設の再構築が終了するまで1ヶ月くらいらしいんだが、それまで2人預かってくれと言われて」
例え1ヶ月とはいえ、施設の子供を簡単に預けることが出来るのかといえば、アレルヤにはよくわからないがきっと難しいに違いない。
けれどそこを頼まれたということは、このロックオンだとか言う男はよっぽど信用されてるのか、その施設がいい加減なのか、どちらかだ。
…最も、何かの思惑があって子供を預かっているという嘘を吐いているとすれば、話は別だが。
「俺が預かってるのは13歳と11歳の男の子だ」
「それ、いつからですか?」
アレルヤの性格からして、人を疑うというのはあまり好きなことではなかった。
出来ればこの人物を信じたいし、第一自分に嘘を吐いて車に乗せた所で、彼の得になるようなことは何ひとつないのだ。
だから、アレルヤは、ロックオンを信用するために、詳細を尋ねて彼の様子を見ることにした。
「えーと、4日前…かな」
「性格は?」
「んー…なんか、懐かない猫みたいな…」
「…猫?」
思わず聞き返す。
考えながらもきちんと答える様子からは、やはり嘘を吐いているようには見えなかった。
猫、というような表現が出来るのは、ちゃんとその子供を見ているという事だろうか。
「そ。すんごい警戒心が強いんだよ。13歳の年上の方はまだマシなんだけど、俺未だにもう一人の声聞いてないんだよな〜」
「え?!あなたの家に来たのが4日前だから…」
「その間ずっと口利いてない」
「え…」
驚くアレルヤを他所に、ロックオンの話はまだ続いた。
年上ー口を利くほうーの名前はティエリア、もう一人は刹那という名前らしい。
最初、その刹那という名前もティエリアが紹介したそうだ。
本当に、一言も喋っていないらしい。
昼間、食堂で自分が想像していた子供とは全く違って、アレルヤは面食らった。
もっと、なんというか、荒々しい子供を想像していたのだ。
「ティエリアは時々毒舌を披露する。最初の日『ここに置いてくれるのは感謝しますが、俺は馴れ合うつもりはありませんので』と言われた」
「…え〜…」
「二人とも身体的接触をことごとく避けるんだ。
 どういう育ち方をしたのか俺は全く知らないが、昨日刹那の頭撫でようとしたらダッシュで逃げられて、しばらく姿を見なかった」
「…」
「子供って、難しいな」
なんというかもう、言葉も出ない。
これが作り話だとしたら、ここまで詳細に語ることが出来るだろうか?
信じたい気持ちと、そうでない気持ちがぐるぐると回っている。
複雑な表情をしているアレルヤに、ロックオンは更に続けた。
「問題はここからなんだ。実は、この4日間、2人が食事をしている姿を見ていない」
「……は?」
「恐らく、どこかで買って食べてるんだと思うが…」
「ちょっと待ってください。いくら預かってるだけとはいえ、」
「勘違いするなよ!俺はちゃんと3人分作ってるんだ。…あいつらが食べないだけで」
…それって、この人の作る料理がものすごく不味いってことなんじゃないのか。
疑問が顔に出ていたのか、「味の問題じゃなくて」と彼は更に弁解した。
「見た目だって悪いわけじゃない。けど、本当に、一口も食べない…というか、料理を見もせずに『要らない』って言うんだ」
どういうことだと思う?
と、聞かれても。
アレルヤは今語られたことを全て飲み込むので必死だった。
4日間飲み食いせずに平気であるわけがない。
だから、やはり彼の言うようにどこかで買って食べているのだろう。
どうしてその必要があるんだ?
ロックオンを疑うとか、信じるとか、そんなことはもうアレルヤの頭から消えていた。
完璧に、その話を事実だと受け止めている。
明確な証拠があるわけではない。
いや、その明確な証拠は、この話が本当ならば今から見に行くのだ。



「ーここだ」
幾分大きめのマンションの駐車場に車を止め、エレベーターでしばらく上がった所にそのドアはあった。
「ただいま」
鍵の掛かっていないそれをロックオンが開く。
「おじゃまします」
いくつかのドアの前を通り過ぎ、突き当たった先のリビングに2つの影を見つけた。
「…こんばんは」
熱心に読んでいた本から少し顔を上げてこちらを見た少年と、ちらりと見たきりまた視線をテレビに戻した少年。


 



ーティエリアと、刹那。