「じゃあ、元気でね」

「えぇ、皆さんもお元気で」

大きめの鞄を1つ背負って、アレルヤは門の前に立った。

気持ちいいくらいの青空だ。

いつかいつかと思っていた日がようやく来たのだと、アレルヤは目の前に居る家族とも言える人たちを見まわした。

「忘れ物はないわね」

心配性のスタッフが今日何度目かわからない確認をする。アレルヤは苦笑した。

「ありませんよ。元々大した物は持っていません」

使えるものは繰り返し使うここでは、自分のものと言えるものは極端に少ない。

かき集めてみても、実際今持っている鞄1つに収まる程度しかないのだ。

「またいつでも遊びに来いよな!」

現に、今庭から叫んだ少年が着ているシャツは昔自分が着ていた物。

「わかったよ」と軽く手を振って、アレルヤはその見慣れた建物を感慨深く眺めた。

 


今日、アレルヤは15年間暮らしたこの施設に別れを告げる。

 




生まれたばかりの自分が置き去りにされていた門。今は、出ていく為に立っているのだ。

ここを出ていく事に限って言えば、アレルヤは前向きな気持ちだった。



 



「では、長い間お世話になりました」

一礼して、待たせておいたタクシーに乗り込む。

 




駅に向けて発進したそれに、いつか懐かしく思う人たちは、いつまでも手を振っていた。



 



施設で育ったアレルヤは、幼い頃から人の役に立つ仕事がしたいと思い続けていた。

じゃあ医療関係の仕事をしようと決めたのは大きな理由があったわけではない。

たまたま施設の近くに個人病院があって、そこの人たちがとても好きだったから。

自分たちにも優しくしてくれて、体調を崩した時は、いつでも助けてくれた。

いつのまにか憧れていて、これ以上施設の負担を増やさないためにも早く看護師になりたいと願った。

どうしてそこで医者ではなかったのかという所ははっきりしないが、恐らく幼い自分にとって、看護師の方が身近であったのだ。

中学を卒業して施設を出て看護学校に通うことにも、何の抵抗もなかった。

もともとアレルヤの居た施設には15歳までしか居ることができない。

18歳まで居ることが出来るところも多い中で、そこは例外なのだ。

一人暮らし、ということになるが、それにはお金が掛かる。

色々調べた結果、施設から離れてはいるが、アレルヤは一つの看護学校を見つけた。

そこは国立病院の付属であり、病院での簡単なアルバイトが出来ることになっていたのだ。

月々もらえる奨学金とあわせれば、なんとか生活できないこともない。

頼れる人はいないが、そこへ行こうと決心した

 



バックミラーに映る彼らの姿が消えたころ、アレルヤは小さくため息をついた。

これからは、一人で生きていかなければならない。

この街から一歩も出たことのない自分が、新たな生活を始めることに、アレルヤは不安を拭いきれないでいた。

(本当に、大丈夫なのだろうか?)

これから待ち受けている日々が楽な物だとは到底思えない。

全てを、自分ひとりでしていかねばならないのだ。

(…でも、まぁ)

タクシーから見えた雲一つない青空を見てアレルヤは思う。

 



(自分が決めたことを信じるしかないんだ)



 



アレルヤはずっとあとになってこの決断が自分の想像以上に大きなものだと知る。

たが、この時そんなことは微塵も思っていなかった。



 



それは、2人が出逢う半年前のこと。