彼が容赦なく、残酷であることは、初対面の時から知っていた。
二度目に会ったときにあんな事をされればもうそのイメージは拭いきれない。
先日の「また来てもいいか」と言う問いに思わず「構わない」と答えたことをティエリアは心底後悔していた。
最初から彼の中にある愛情とか、そういうものは兄妹にのみ与えられているのだ。
何となく予想がついていたことを今更ながら感じて、うんざりする。
「…何考えてんの?」
言ったとおり、ミハエルはあれからも度々こちらを尋ねてきた。
最初は警戒していた仲間たちも次第に慣れ、今ではすっかり公認の仲である。
それはティエリアにとってはいささか不満だったが、では何と言って説明すればいいのか分からなかった。
今もこうして、いきなりやってきた彼にあっさりと組み敷かれている。
気持ちなど少しもないが、していることは普通の恋人らとなんら変わりはないのだ。
「別に」
「別にってなぁ…可愛げねぇの」
「それを求めるほうが間違っている」
「そりゃ確かにそうだ」
逆にあんたが可愛いと気持ち悪いもんな。
そう言ってミハエルはティエリアの首筋をねろ、と舐めた。
ティエリアにしてみれば、この感触の方がよっぽど気持ち悪いと思う。
その内そうでなくなることは分かっているのだが、要するに、ミハエルはせっかちなのだ。
顔を見るなり唇をぶつけてくることもしばしば、こうしてキスもせずにいきなり押し倒すこともしばしば。
こちらは全くそんな気はないのに、勝手に求めて勝手に去っていく。そして懲りもせずまたやって来る。
この男の衝動には、ティエリアはついていけなかった。
そしてうんざりするのだ。
ーあぁ、またか。
「…ぃッ」
首に歯をたてられて、思わず顔を歪める。
「あんたっていっつもつまらなさそう」
「……こんなことが…楽しいとは、思えないな…」
自分もやめておけばいいのに、憎まれ口は止まらない。
捻くれた性格だとつくづく思う。
案の定、ミハエルは不機嫌そうな顔でこちらをちらりと見た。
「それって、俺じゃなくても良いってことかよ」
「お前だってそうなんだろう?」
俺じゃなくても、欲が満たされればそれで良いんじゃないのか。
そう含ませて言うと、ミハエルは大きなため息を吐いてティエリアから離れた。
「…は、つまんねぇの」
「ならやめるか」
すっかり冷えた空気だ。
やめるか、と言った自分の言葉のあと、沈黙が流れる。
それに耐えかねて口を開いたとき、ミハエルがこちらを見た。
「俺が女にモテるの知ってるか?」
「…興味ない」
「俺って結構高いんだぜ?」
「何が言いたいんだ」
意図が掴めずに尋ねると、目の前の男はにやりと笑って、言った。
「…俺が相手だってことを、感謝させてやるよ」
「…ん…はぁッ……」
シーツを握り締める。
何かが振動する、うぃぃん、という音が下腹部から聞こえていた。
よく分からないまま足を開かされて、慣らされてもいない所にコードのついた卵形のボールを入れられて十数分。
コードの先にあるリモコンを手にしているのは勿論ミハエルだ。
何も身に着けていない自分とは対照的に、彼の衣服は少しの乱れもなく、最初のままだった。
刺激はそれほど強くなく、その微妙な振動が更にティエリアを苦しめていた。
先ほどから、ミハエルは一度もティエリアに触れようとはしない。
「ミハ、エル……」
「なんだよ」
「こんな……ぅ、あッ!」
また何かが入った。よく見えないが、恐らく先ほどと同じやつだ。
それが入った所為で、先ほど入れられた物が奥へと進む。その刺激に耐えられない。
はぁはぁと荒い息を繰り返す自分の目の前で、ミハエルがにんまりと笑った。
「どうだよ。俺じゃなくても、結構イイもんだろ?」
「……ン…ぅ」
「イッてもいいんだぜ?」
冗談じゃない。女じゃあるまいし、後ろだけでイくなんて無理に決まってる。
嫌だとかぶりを振ると、ミハエルは楽しくて仕方がないというように、リモコンのスイッチをカチカチと動かした。
「あ、あ…!」
ティエリアは基本的に、快楽には従うようにしていた。
身体だけの関係なら、無駄なものは取り払ってしまえばいいと思ったからだ。
羞恥心がないのかといえばそんなことはない。
ミハエルがどう思っているのか知らないが、ティエリアはそこまで男に慣れているわけではなかった。
それも全て、いい思い出ではない。
忘れようとするのはもう諦めた。自分の身体など、誰に何をされようがどうだっていいのだ。
ただ、ティエリアはミハエルの思うがままになることが嫌だった。
負けず嫌いで、捻くれた性格だから。
どうすればいいんだ。
ティエリアは熱に浮かされた頭で考えた。
自分ばかりこうでは嫌だ。
どうすれば、この男の乱れる姿が見られるのか。
一つの考えに思い当たって、ティエリアはそれに素直に従った。
どうせ消えかかっている理性だ。今消したところで変わりはない。
ティエリアは目を閉じた。
下腹部の振動に集中する。2つ入っているとはいえ、小さなものである。
自分がほしいのは、もっと奥だ。
「……っ…」
迷わず、自分の性器に手を伸ばした。
見せ付けるように腰を揺らし、しごく。
うっすらと目を開けると、ミハエルが目を見張ってこちらを見ているのがわかった。
「はぁっ…あ、あぁっ!」
ほら。お前こそ、俺が欲しいんじゃないのか?
「あ、ミハ、エル、ぅ…ッ!」
ミハエルの目の前で彼の名前を呼び、達した。
最初はぽかんとして見ていたミハエルも、ティエリアが達する時は目を細めて眺めていた。
腸がぶるぶると振動する。
これを見てもまだ、何もしないつもりか?
挑発的な目でティエリアはミハエルを見返した。
ごくりと唾液を飲む音が、部屋に響いた。
「…やってくれるじゃねぇか」
改めて押し倒されてミハエルの顔を間近に見た。
少し頬が上気している。
成功したかとぼんやり思っていると噛み付くように唇を合わせられた。
息苦しい。
急かすように足でズボン越しに触れると、はっきりと形を感じられた。
これからそれが入ってくるのかと思うとたまらなくなる。
「……はやく、しろ…っ」
「…」
口を離したミハエルが余裕なさげに服を脱いだ。
自分の思惑にはまった様子のミハエルに思わず笑ってしまう。
「−覚悟しろよ」
「えっ……あ、あああッ」
自分の欲しかった感覚。
先ほどの物はそのまま、奥で震える。
抜いてくれるんじゃなかったのか。
どこかでそうする予感はしていたのに、さっきとは全然違う刺激に気が遠くなった。
溢れ出す生理的な涙をミハエルが舐め取る。背中が沿って身体がびくつくのを止められない。
振り落とされないように必死でしがみついた。
何もかも奪われてしまう気がする。思惑にはまったのはむしろこちらの方なのか?
「…ティエリア……」
「は、ぁあ……ん…ッ」
だんだん朦朧とする意識の中で、最後の声を聞いた。
「 」
夜が明けて、朝食までの時間をティエリアは一人で過ごしていた。
目を覚ました時にすでにミハエルが消えていたからだ。
いつもそうである。夜共に過ごしても、彼が朝までいることはない。
どうしてなのか、ティエリアが尋ねたことはなかったし、今後も尋ねるつもりはなかった。
尋ねる理由がわからないからだ。
所詮、身体だけの関係なのだから、と。
無駄なものは捨て去ってしまえばいい。
面倒なことは考えなければいい。
(…それなのに)
彼はやはり残酷だ。
相手の言葉を聞かず、自分の言いたいことだけいって、またどこかへ消えてしまう。
次に会える保障などどこにもないというのに。
『俺はお前に感謝してるんだ』
どういった意味で、と言うことは聞かなくてもわかった。
何も言えなかったのはああいう場であったから、とティエリアは思ったが、
そうでなかったら何か言えたのか、といえば正確な所はわからない。
多分、言えなかったのではないかと思う。
けれど、身体を重ね合わせている時でなければ、ミハエルも言わなかった。
それはきっと、確実に。
今度もし会えた時にも、きっとミハエルはこの話を持ち出さない。
お前はどうなんだ、などとは決して聞かない。聞けるなら、何もああいった場で言わなくてもよいのだ。
かといって、ティエリアから切り出すことも出来そうに無い。
けれど、2人の間に前と違ったかすかな変化が生まれるであろうことは、ティエリアにも予想がついた。
そうして近々結論に至る。
自分の相手が彼だということを、感謝する。
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