ミルク 「セ ツナ、セツナ」 ついさっきまで部屋の隅で転がりながらカーブを攻めるのに無心していたハロがおもむろにその独特の電子音で刹那を呼ん だ。 「なんだ?ハロ」 ベッドの縁に腰かけて世界情勢を端末で確認していた刹那が、オレンジ色の球体が跳ねるタイ ミングに合わせてキャッチした。瞳を模した赤い点滅を覗き高性能AIの心の内を量ろうとしているのを見るともなしにロックオンは眺めていた。 「ロッ クオン、俺ノ奢リ、セツナ、俺ノ奢リ」 いくつもの感情がその表皮に浮かんでは入れ替わり、せめぎ合い、混ぜ合わ され、吸収され、 平坦に戻る。 刹那は時々、言葉では言い表せられないほど複雑な表情をする 時がある。傍目にはささいな変化であり、無表情から無表情へと戻っただけに見える。 だがロックオンはそれを見る度にものすごく不安に なる自分を抑えられなくて、彼の体に縋り付くように抱き締めて名前を呼ぶ。 「刹那」 「……あ、」 自 分でも思っていた以上に勢いよく抱きついたようで、青年の体はベッドに倒れ込んでしまった。刹那の手から落とされたハロは不満げに電子音を伸ばしながら部 屋の隅へと転がって行った。 これ幸いと彼の上に乗り上げながら、ロックオンは言う。 「いいことしようぜ」 「― や!ぁ、」 「だーめ。ほら、ちゃんと持ってろって」 「んぅ」 まくり上げた青い制服の裾を口 元へ引っ張っていけば、意外なほど従順に咥える刹那の様子にロックオンは目を細めた。 「いい子だ。そうやって胸出しとけ」 「っ、 ン」 目の前のさんざん弄られて赤く熟れた突起に歯を立てると腕中の体が艶めかしく動く。 「…腰、揺れてるぞ…」 背 中を撫でながら揶揄してやるとさっと刹那の顔に羞恥が上った。 刹那は、下は何も隠すものが与えられず上半身には青いアンダーシャツ一 枚しか身に纏っていない。それすらも首の辺りまで露出することを強制されている。それも、まるで自ら望んでいるかのようにその口で。 ヘッ ドボードにもたれて座るロックオンの膝の上に、彼の胴をまたぐようにして刹那は居た。 少し襟元をくつろげた以外は着衣の乱れがなく、 ただこちらの快楽を煽るだけのロックオンはずいぶんと冷静に見えるが、自分の下にある相手の昂りが見た目とは違う彼の余裕のなさを刹那に知らしめていた。 「こ ら、なに笑ってやがる」 「あぁッ!」 あと少しではじけそうな刹那自身を急に握り込まれた衝撃でシャツの裾を離し てしまった。 「もっと酷くして欲しいのか?」 残虐な言葉のわりに、そこにあるのは甘い色香だけだった。 「ゃ だあ、…ア」 だから刹那は思う存分自分よりもたくましい男の首に強く抱きついて、ロックオンをさらに興奮させるように腰をうねらせ る。この男が本当に不機嫌な場合は、甘える余裕もなく荒波に翻弄されるだけで精一杯に終わるのが常だ。 「『やだ』の逆…みたいだな。 『もっと』?」 鎖骨のくぼみに舌を這わせながら、刹那を掴んでいるのとは逆の手で双丘の狭間を撫で上げれば 「ひゃ、ぁ」 艶 やかな嬌声があがった。 「言ってみろよ。『もっとしてー』って」 「お前こそ、余裕なぃ、くせに」 投 げ出していた足を折り曲げてつま先でロックオンをぐり、と刺激すると 「っ」 快楽に耐えた顔が歪むから、刹那は嗜 虐心をほんの少し満足させた。 赤い舌で唇を舐めながらうっそりと笑む。 「…やべ、今の顔すげぇクる」 至 近距離で妖艶な表情を目の当たりにしてしまったロックオンは熱がさらに増していくのを実感した。 「入れたいんだろう?お前が『おねだ り』してみろ」 「いや、俺じゃなくてだな、ぅ」 片膝と、ロックオンの肩に置いた両手に体重を移して自由がきく足 裏全体でぐりぐりと踏んでやる。伊達に4年間もそこらの人間を引っ掛けてきたわけではない。刹那は少々アブノーマルなこともやってのける大人へと進化して いた。 「くっ、ちょ、せつな」 俺こんな趣味はなかったはずなんだけどなぁと思いながらも、楽しそうにロックオン を刺激してくる刹那を見ていると悪くない。むしろぞくぞくしてくるから不思議だ。 「刹那さん…」 「な、んだ?」 耳 元で欲情にかすれた美声を吹き込まれてびくりと青年の体が震える。そのまま耳朶を食まれながら 「限界です。入れさせてクダサイ」 囁 かれた言葉に刹那は口付けで答えた。 「なぁ」 「…… ん?」 事後の乱れた吐息も整っていない刹那は眠気を押しやってなんとか返事を返した。 「…兄さんに、なに奢って もらったんだ?」 行為のきっかけとなったハロの電子音を思い出す。 ロックオンはふとしたことで情緒不安定になる ことがある。本人は隠しているつもりだろうが、最もその被害を受ける本人である刹那には筒抜けであった。それは、『兄』の影と言うのか気配とでも言うの か。特に刹那がそれに対して何らかの反応をするのがいたく気に食わないらしく、「こちらを向け」と言わんばかりに抱いてくる。そのくせ、大好きな兄のこと が知りたくて事後はニールの話をふってくるのだから、この男は本当に我儘だ。聞かれたから話してやったのに不機嫌になって第2ラウンドに突入するのもしば しば。 「さぁ…いろいろ、だろうか」 うつ伏せに横たわっていた体を、肘をついて起こしながら刹那は話し始めた。 「い ろいろ?」 「あぁ。あいつは人に食べ物を与えるのが好きだった。俺に、身長を伸ばせとミルクを飲ませたり、潜伏地に勝手に来て食事に ケチを付けたり」 「ははっ。昔から世話好きだったもんなぁ…あの人」 「俺より下手なくせに手作り料理を食わせて やるとキッチンを占領されてイモ料理ばかり与えられては栄養が偏る。」 「ぶははっ!」 大量のイモ料理を目の前に 無表情に途方に暮れる今より幼い刹那と、それを満足げに見守る兄という二人の様子を想像して思わず噴き出してしまった。 刹那の口ぶり からするとそれは一度や二度で終わったのではないようだ。兄は何度も少年の元へ足を運び、刹那はその度に部屋にあげてやっていた。きっとこの子は頑張って 食べてくれたのだろう。炭水化物が多すぎる食事に嫌気がさしながらも。 ニールは小さい頃からそうだった。誰かの世話をすることで自分 が安定するようだった。 14歳まではその対象は自分であり、妹のエイミーだった。だが、CBに入って、刹那に会ってからは彼が主なは け口になっていたようだ。 愛情不足の少年と愛情与え不足の青年の組み合わせは相性ぴったりだっただろう。 相互依 存の奇妙な関係だ。 いつの間にどのような経緯でそこに肉体関係が含まれたのかは知らないが、どんな気持ちで兄は刹那を抱いたのだろ う。丁寧に丁寧に抱いたのだろう。 「むー…」 「ん?」 ライルは身を屈めると、褐色の滑らか な背中に唇を押しあてた。そのまま全身で覆いかぶさり、唇は首筋や背に赤い跡を残していく。 「もっかいしよ」 「馬 鹿か」 後ろ手にチョップをかましてやるとライルは「いったいなー」と文句を言いながらもしぶしぶ体を離した。 今 日のところはまぁいいか。 しなやかな体躯のあらゆる場所にある情痕を見下ろしながら不思議な優越と達成感をライルは感じていた。世界 中で今、この青年にこうやって触れられるのは自分だけなのだ。 兄さんは歯噛みしながら悔しがっていることだろう。どうだ、うらやまし いか? 「刹那、料理できんの?」 「…アレルヤの方が上手い」 「今度俺にも作ってよぉ」 「……… まぁいいだろう。口に合うかは分からないが」 「やった!」 「お前、アレルギーはないか?」 「な んでもオッケーです!」 「そうか……………爬虫類は嫌いか?」 「?別に苦手じゃないけど―――え?」 「俺 の郷土料理を食わせてやる。」 「………まさか!?」 「材料を採りに行かなければな」 ゲ テモノ料理を目の前にロックオンが途方に暮れる日もそう遠くはない。 |