虚像透惑














あ たたかい世界に住んでいたころから、俺とあの人は常に比べられていた。



CB に入る時、俺が求められている理由に片割れの存在が大きいことは説明されていた。その際、あの人が既にいないことも聞いた。だから、かもしれない。俺はあ の人と同じ名を抱き、同じ性能の機体に乗り、同じ戦場を飛ぶことを決めた。あの人が目指したものを実現させたくて。…皮肉なものだ。同時に生を受けて進ん できた道は途中で二つに枝分かれしていた。違う道を選んだのに、結局は一本道だったのだ。俺は少し遠回りをしただけだった。こんなことなら、若さに任せた くだらない反抗などせずにずっと一緒に歩み続ければよかった。二人なら、楽しいことは二倍で、悲しいことは半分だった。俺が隣にいれば、そうすれば、兄は ―――………いや、もうもどらない。たった一人残った肉親さえも、俺は失ったのだから。
あの人の仲間だった人たち。俺の、仲間になる はずの人たちは、俺とあの人を錯覚する。『俺』が知らない話題をあの人のつもりで口にして、俺の反応を見て、気付くのだ。このロックオンは違う、と。この 道を進むと決めた時に、再びあの人と比べられる生活を覚悟はした。それでも、苛立つものは苛立つ。しょうがないだろう?
最初は皆驚く のだ。この容姿に、この名に。次に動揺や困惑。もしくは俺とあの人を完全に間違えて喜色を浮かべる奴もいる。だが、落胆する。そして、悲しむのだ。ガンダ ムマイスターたちも同様だ。あぁ、もう、そうだ、皆、あの人を惜しんでいろ。ここにいるのは俺だ!




た だし、ある一人は例外だった。




彼が――まだ少年 と呼べる幼さが残っている――俺を見る眼には輝きがいつまでも消えはしなかった。と、ゆうよりも
眼の色が、違う。
プ トレマイオスの日々にまだ慣れないある日、食事時には少し遅れた食堂で一人昼食を取っていた時だ。視線を感じて振り向くと、
ぞくり、 と肌が泡立つような妖艶な笑みを浮かべて彼は立っていた。
彼は俺を見てはいたが、『俺』を見てはいなかった。
そ の証拠に、俺が彼を見つめ返しても目を逸らすこともなくいっそ楽しげに笑みを深めて俺を見た。
彼は、完璧に、完膚なきまでに、『俺』 とゆう存在を無視していた。俺の背後にいる、『あの人』だけを見ていた。




耐 えられなくなった。
逃げるように食堂を飛び出す。
あんな視線にさらされたのは、初めてだった。俺を根本から否定 する眼だった。俺が『俺』である必要など全くない、とはっきりと告げる眼。俺など欠片も眼中に入っていなかった!あれに比べれば他の奴らに俺とあの人を比 較されたほうが断然ましだ。
彼らは俺とあの人を並べて見る。俺はあの人の影なんかでは…ないっ




「待っ てくれ、」
足を止めたのはなぜだったのか。
きっと、その声が消えそうなほど弱弱しかったせいだろう。
「… なんだ」
あの眼を正面から受け止める自信がなくて、背を向けたまま返事をすると
「頼みが、あるんだ」
「頼 み…?」
彼の方が俺の前に回ってきた。その眼は真っ直ぐだったが、脆かった。それはまるで、母に置いて行かれた子供のようで。先ほど とは全く違うその様子に戸惑っている間に彼の言葉を聞きそびれた。
「しばらく、…………俺を、拒絶しないでくれ」
「え、」
要 求に返事をする前。待ちきれないように、彼に抱きしめられていた。
本当に彼は成人しているのか、疑いたくなるほどに細い体が腕の中に いる。
決して不快ではない…むしろ、心地いい感触だった。彼から漂う甘い香りも。
だから、思わず彼の背に腕を回 してしまったのか、
「刹那、」
俺は何をしているんだ?綺麗な顔をしているとは言え、相手は男だ。
彼 も、なにをしているんだ?
俺、は、ニールではない!!
「ありがとう」
は、と気付けば、彼が 離れていくところだった。
開いた隙間が酷く、寒く感じた。もう一度手を伸ばして、引き寄せて、抱きしめて、離さずに、閉じ込めれば再 びあたたかくなる?
中途半端に上がったままの腕を留められたのは、彼の――刹那の――







笑 顔を見たからだろう。
その眼は『俺』を見ていたから。