花色移る眺めし間に。






初 めに気が付くのは『見られている』という感覚だ。
じっと。息を殺して。気配を殺して。私を殺そうと機会をうかがっている眼差しは、例 え私の視界に映っていなくてもありありと感じられるほどに苛烈で隠しきれていない。そのことに彼はいつになったら気が付くのだろうか。できれば永遠に知ら なければいい。少年の、ちりちりと太陽に焼かれるかのように思うほど強い視線を浴びるのは決して不快ではなく、むしろ戦場と同じ心地良い緊迫感を私にもた らしてくれる。
彼が私を見るのはなんとかこちらの息の根を止めようと模索している時か警戒している時か怒っている時で、それ以外は視 界の端にも入れたくないと言わんばかりに私を完全に無視する。つまり、今のような場合には――
がっ!!
と瞼を開 けずに、けれど正確に掴んだ子供特有の細さがある手首が驚きに硬直しているのが皮膚を通して伝わってきてなんとも、可愛らしい。
「―――っ!」
「お や。また失敗、か」
「く!離せ!」
眼を開けば、悔しげに歪んだ少年が自分の腕を取り戻そうと躍起になっている。 びくともしないのに諦めない彼に思わず笑みがもれれば、馬鹿にするなと鋭さを増して睨み上げられた。
時刻を確認すると、いつもよりは 早い時間だが、と言いながら無理矢理少年を腕に抱いて眠りについてからまだ1時間もたっていない。確かに、軍人は貴重な休憩時間を有効に活用するために寝 付きが良い者が多く私もその例外ではない。だが、睡眠に入ってすぐの眠りは比較的浅くちょっとした刺激ですぐに覚醒するものだ。訓練された人間ならば尚更 に、起床後の出撃にも対応できるように眠っている時でさえ体は緊張状態にある。
「君は、もう少し、時期を待つということを学んだ方が 良いのではないか?」
こうやって彼に命を狙われた回数はこの4日間ですでに両手の指では足りない数字にのぼっている。1日目は少年を 抱くだけで終わってしまったし、2日目には幼い体は疲労の極致にあったので、実質は昨日から今日に掛けての2日間になるか。
手を替え 品を替え、彼は私をこの世界から排除しようとする。
そう何度も何度も殺意を向けられたら油断などするはずがない。そう思えないのだろ うか。
「さっさと俺を解放しろっ」
薄暗い室内でも爛々と輝いている力強い瞳は私を煽ってしょうがない。拒絶を全 身で表わしている存在は腕の中にあるし、ここはベッドの上だ。
「…悪い子にはおしおきが必要だな」
躊躇う条件は 皆無だ。



「ひぁっ…あ!」
「…どうしたのだ?少 年」
素知らぬ顔で呼びかければ
「ぬ、け…はやくっ」
ベッドにうずくまる少年は切羽詰まった 様子で言葉を吐く。まだ口調が命令形なのは彼の精神にまだ余裕があるからだろうか。と言うよりも辛うじて理性を保っていると称した方が合っているかもしれ ない。
「お願いできたらご褒美をあげよう」
「ふざけ…あっぁあ!」
「ほら、言ってみたま え。『お願いします』と」
手元のコントローラーを少しいじっただけで言いかけた言葉が途中で嬌声に変わった。
褐 色の裸身は上気して身悶えている。両腕は少年の持ち物である赤い布で後ろ手に縛られ、身動きする度にゆらゆらと長い布端が火照った肌を撫でる。それにすら 感じるのか、引き締まった背中が弓なりに反る様はまるで彫刻のように美しい。背骨に沿って目線を動かしてたどり着いた後腔からは冗談みたいにドギツイぴん く色のコードが生えていた。濡れた音や荒い吐息の向こう、微かに聞こえる低い振動音は間違いなく彼の体内から響いている。
「それと も、善すぎて手放したくないのか」
「ちが、ぁ、くぅっ」
赤は少年の体色やシーツに映えて見る者の眼を愉しませて くれる。汗に張り付く様がとても扇情的だ。時々その肌を撫でつつ目盛を操作して振動の強弱を変化させ、快楽の波を与えることは当初の予想以上に面白い。私 の指先の動作一つでなす術もなく相手が乱れる様子は征服欲を随分と満たしてくれる。彼が鳴くのも悶えるのも全ては私次第。
「――っ! や、ぁあああっ!!」
目盛を一気に『強』にあわせると、叫びながら少年の全身が2・3度強張り、一拍の後に気力で支えていた上半身が とさりと落ちた。
「達ったのか。…こんなに気に入ってくれて私も嬉しいな」
「っ、とめ…は、」
そ の後も目盛りを下げることはなく、小さな体の熱を容易く再燃させ始める。体内にそれを仕込む際に、彼が最も感じやすいポイントに無機物が触れるよう角度を 調節しておいたから、彼自身が頭をもたげるのもはやい。
「揺れているぞ」
「っ、」
抵抗の抜 けた体は快楽に忠実になったのか細い腰が艶めかしく動いているのを指摘してやると羞恥に顔を染めた。それでも、腰の動きは止まることはなくそのままふらふ らと揺れ続けている。
「みる、な…っ」
こんな素晴らしい光景、見ずにいられるものか。
うつ 伏せで足を折り曲げた形、が一番近いだろうか。しかも、手が使えない為に上体は肩がシーツに着いているので、自然、腰だけが上がってしまっている。健康的 な体の卑猥な道具が埋め込まれている場所や、その奥で息づく中心さえ私の眼前に曝されている。
「…みる、っな」
閉 じる暇もない唇の端からは唾液が一筋伝い降り、悩ましげに下げられた眉と紅潮した頬が情欲をかき立てる。なによりもその瞳。必死に自我を保つべく理性と快 楽の狭間でたゆたう瞳。今にも零れ落ちそうだと思っていたタイミングを計ったかのように透明な涙が眼の縁から溢れた。
「…ゃ…… み、…な」
何度見ても、この子の涙はその心の内を表わしたかのように綺麗。おびただしい数の鬱血が肉の器に刻まれても、連日挿入を繰 り返されて後腔の縁が赤く腫れても、高潔な精神は病むことない。
もしかしたら、私は君を試したいのかもしれない。
ど れだけ耐えられるか。どこまですれば汚れるか。
その心の耐久性が知りたいのやも。
「おしおきが足らないようだ」
全 てを手に入れられたらどんなに素晴らしいだろうか。
「…なに、やめ…―――っ!!」
コントローラーの目盛をさら に上げ、最大値に設定すれば声もなく少年の体が跳ねた。強すぎる刺激に音が出ない口を、哀れな酸欠の魚のように開閉するだけだ。呼吸もままならない。目じ りがさけんばかりに見開かれた目からほろほろ流れる水分を舌で掬い取ってみると当たり前だが塩辛い。少年の涙なら甘いかもしれないとどこかで思っていた。
褐 色の体は痙攣しっぱなしで、触れてみた中心の先端からは断続的に白濁が数滴ずつ零れている。もう出すものもないようだ。
これ以上は流 石に無理だろう。精神に異常をきたしてはつまらないので振動を止めると、糸の切れた人形のように脱力してベッドに沈んだ。指一本も動かない様子だ。手の戒 めを解き抱き上げても荒い吐息を繰り返すだけで目の焦点もあっていない。
「、は…あ…」
「あぁ…君は綺麗だ な…」
バスルームへ運ぶ途中で眠ってしまった彼を毎回の如く全身丁寧に洗い終えて、清潔に整えたベッドに横にした。後腔のものはあえ てそのまま取り出さずにおいた。起きた時の彼の反応が楽しみだ。
行為の間は邪魔なために外している足首を戒める枷を付け、細い体を離 さないようしっかり抱き寄せた。並んでベッドに入り、その瞼に口付けを一つ。
「おやすみ。良い夢を」