それは二度目の花への恋。





「ま た、食べてないのか」ベットサイドのテーブルに置かれた食事は全く減った様子が無い。食器の位置もそのままだ。

今 日で四日目。
窓枠に寄り掛かり、外を眺めている彼は溜め息とともに呟いたこちらを振り返りもしない。
元々余分な 肉など一つまみも無かった少年の身体はさらに細くなっていた。

「餓死するつもりかい?」彼はこの部屋に連れ込ま れてから一度も食物を口にしていない。いかなる者であれ、必要な栄養素を摂取しなければ待っているのは生物全てに平等な、
死。
組 織の機密事項を守る為に自ら命を断つつもりなのか。

そこまで考えが及んだ時、胸のすみがざわめいた。
苛 立ち。
そして、焦り…?
前者は、自殺願望者への感想としてまだ理解できる。
だが、後者は…

改 めて、この感情の原因である少年を見つめる。
緩やかに瞬きを続けるその横顔には、痩せたことで彼の容姿のガラス細工のような繊細さが 増していた。
どこか不安定で脆く、美しい。
それでいて、不用意に触れればその破片で血を流すのはこちらだ。
あぁ、 綺麗だな。
単純にそう思った。

「…死ぬつもりならとっくにそうしている」
け だるい口調で紡がれた言葉に確かに、と納得する。彼の足首を巻く長い鎖で首を吊ることも、陶器の食器を割ってけい動脈を掻き切ることも、地上から遥か遠い 窓より飛び降りることもできる。この子ならば、それこそボールペン一本でも有れば自殺する技術を持っているだろう。
ならば、食べない 理由は…

「毒を、疑ってるのか?」沈黙は肯定。
「あやしい物は何も入っていないぞ」
最 初に言っておくべきだった。

どうして気付かなかったのだ、私は。敵の居住区で出される食事を何の疑いも無く口に 運ぶ軍人が何処に居る?ましてこの子が所属する組織は世界中が敵であると言っても過言ではないのだ。
「口ではどうとでも言える」
し かも、警戒心は有り余る程に持っているこの性格だ。
「…それもそうだね…」
食べるわけがない。

今 度の溜め息は自分に対する呆れ。
テーブルに歩み寄り、トレイの上に並ぶ今日のメニューを見下ろす。コーンポタージュ、鶏のマスタード あえ、パン、サラダ。決して豪華ではないが料理の腕にはそこそこ自信が有る。だが、スープは冷え切り、パンは水分がとんでぱさぱさだ。味は悪くないのだ が…。

もぐもぐと炭水化物を咀嚼していると、視線を感じて振り向いた。
一瞬、珍しい色彩の 瞳にぶつかったがすぐに目をそらされた。
「…食べるかい?」
駄目元で聞いてみると、沈黙。てっきり、必要無い、 とか、失せろ、といった冷たい返事が反射してくると予想していたのだが。
沈黙は……

窓を離 れ、こちらに寄って来る彼の後ろを慎ましく鎖の鳴る音が追う。しゃらしゃら、と、心地良い音色が耳を掠めた。
「…よこせ、」
ベッ トを挟んで反対側に立った彼にはっとした。しばらくほうけていたようだ。「あ、温め直して来よう、」
「必要無い」
今 度こそすっぱり切り捨てられた。


ベットに浅く腰掛けて三日ぶりの食事を取る彼は、どこか小 動物めいて…可愛かった。