幸せの日 ー 懐かしい夢を見た。 トレミーの食堂で、ロックオンが何かを言ってい る。 ティエリアはそれに冷たく返答し、それに対してアレルヤが慌ててフォローをする。 毎日のように見ていた光景 だった。これはいつのことなんだろう。 こちらに向き直ったロックオンが、また何かを言った所で視界が遮られ、真っ暗になった。 目 が覚めたのは、チャイムが鳴ったからだった。 少し寝過したようだ。いつも起きる時間より、ほんの少し針が動いていた。 自 分の力以外のもので起きるるのは久しぶりだった。寝過さないように一応アラームは掛けるが、いつもその前に起きてしまうのだ。 アラー ムでも起きないということは自分にはありえないだろうから、今日寝過したのは昨日よっぽど疲れていて、かつ、アラームをかけ忘れていたからだ、と一人で納 得して玄関へ向かう。 また、隣に住む沙慈とかいう男だろうか。奴は、俺がここへ帰ってきたと知ると同時に、色々と差し入れを持ってき た。 少々、人が良すぎると思う。 なるべく人と関わりたくない俺にとって、奴は非常に面倒臭い相手であった。 東 京にあるマンションに来て、一体どのくらい経ったのだろう。もう随分長い間、ここに居る。 待機というのは好きではない。スメラギ・ 李・ノリエガの指示がない限り東京を離れることはできないからだ。 その所為で、余計な知り合いが増える。 人と関 わるのは苦痛だ。任務ならいくらだってやるが、自分の性格が人付き合いに向いているというのも思ったことがない。 出来ればずっと一人 で居たいのだが、そういうわけにもいかなさそうだ。 煩わしさを感じながら扉を開けて、そこに居た人物に、俺は目を見開いた。 そ こに居たのは沙慈・クロスロードではなく、やけに背の高い男が3人も居たからである。 「……何をしに来た、ロックオン・ストラトス」 3 人のうち真中に立っている奴を睨みつけた。 が、俺の扱いにすっかり慣れてしまっているのか、ロックオンは屈託なく笑う。 「何っ て。こないだ言ってたろ?春になったら刹那の誕生日もあるし、みんなで花見しようぜって」 「花見?」 そういえ ば、そんなことを言っていたような気がする。 けれど一体いつの話だ。確かトレミーの食堂で話していたから、もう大分前になる。 気 が早すぎるとアレルヤに言われていた気もするから、確かに大分前の話なのだ。 それをしっかり覚えていて、実行しようとするところが、 ロックオンらしいといったところか。全く律儀な男である。 「待機中だというのにこんなくだらないことに呼び出されて、迷惑極まりな い。とっとと終わらせましょう。 それから刹那・F・セイエイ。誕生日を言うこと自体、守秘義務に反している。小さなことでも守れない のなら、ガンダムに乗る資格はない」 「まぁまぁ、良いじゃないか、誕生日くらい。ところでロックオン、花見って具体的に何をする の?」 ティエリアを宥めながら、アレルヤがロックオンに問いかけた。 こいつ、花見が何かも知らずに付いてきたの か。ロックオンがあからさまにがっかりした顔をする。 代わりにティエリアが得意げに説明した。 「そんなことも知 らないのか。花見というのは大勢で桜の花を見ながら酒を飲んだり弁当を食べたりすることだ。何が楽しいのかさっぱりわからない」 最後 の一言は余計だった。というか、そんなことを言うなら来なければいいのだ。 ティエリアの考えていることは、全く理解できない。するつ もりもないが。 「まぁそう言うなって。刹那、キッチン借りるぜ」 「…何をするんだ?」 ロッ クオンが靴を脱いで部屋に上がり込んだ。 そのままどこかへ行くのかと思っていたのに、一体何をするつもりなのだろうか。 尋 ねると、ロックオンは驚いた顔をして振り向いた。 「今ティエリアが言ってたじゃねぇか。弁当作るぞ」 …全く、律 儀な男だ。 ロックオンが弁 当を作っている間は、ティエリアと2人で携帯端末付属のテレビでニュースを見ることにした。 これから弁当を作ると言っても、俺たちが 手伝う訳もなく。 キッチンにはロックオンとアレルヤが立っていた。俺たちが手伝わないのは予想されていたらしく、特に咎められなかっ た。 キッチンで言い争う声が聞こえたのはそれからしばらくしてからのことだ。 「どうかしたのか、あの2人は」 「俺 に聞くな。どうせくだらない事だろう」 放っておけ、とティエリアは言ったが、あまりにも煩いので、様子を見に行くことにした。 「ど うしたんだ?」 「あっ!聞いてくれよ刹那!射撃の訓練するやつあるだろ。アレルヤ、あれのスコアで俺より点数取ったって言うんだぜ」 「本 当だよ」 「じゃあなんでランキングにお前の名前無いんだよ」 「そのあとすぐにイアンがデータを初期化しちゃった んだ」 「じゃあ証拠残ってないんだな」 「まぁそれは…そうだけど」 ロックオンは射撃の達人 である。アレルヤに点数で負けたとなれば相当悔しいだろう。 それは分かる。それは分かるが、そこまで執着することなのか、俺にはよく 分からなかった。たかがシュミレーションだ。 普段はロックオンの方が点数は上なのだし、追い抜かされたならまた追い抜けばいいだけの 話のように思えた。 だが、本人たちはそれでは納得いかないらしい。 「お前の勘違いだったんじゃないか?」 「違 うと思うんだけどなぁ…でも、そうかもしれない」 「だろ?」 結局アレルヤがロックオンに言いくるめられて口を噤 んだ。 ひとまず落ち着いたように思えて、ティエリアの所に戻ると、全て聞こえていたらしいティエリアが口を開いた。 「言っ ていることは2人とも間違っていない。ただ、アレルヤ出したスコアは間違ったものだ。何かの拍子にシステムが変わってしまって、点数の配点がおかしくなっ た。だからイアンが初期化したんだ」 「……知っているなら、言ってやればいい」 「聞かれれば言う」 「………」 俺 は聞いた覚えはないが、とは言わなかった。言えばティエリアの機嫌が悪くなるだろうから。最も、奴の機嫌が良い時は見たことがないのだが。 「刹 那」 「なんだ」 「人間の記憶というのは曖昧なものだ。実際に起こっていなくても起こったように思い違いをするこ とがある。本当にあったことでもなかったように思うこともある。 今みたいに食い違いが起こっても、どちらかが記憶を誤魔化すことで解 決することもある。人間のそういう曖昧な所は嫌いだが、面白いな」 「……そうか」 やはり、ティエリアの考えるこ とは訳が分からない。 けれど少しだけ笑っているような気がした。理由はよく分からないが、もしかすると今は少し機嫌が良いのかもしれ ない。 「弁当できたぞー。早く行こうぜ」 キッチンからロックオンの声が聞こえた。ティエリアが立ち上がったので 釣られて立ち上がり、玄関に向かう。包みを持ったアレルヤもキッチンから顔を出した。 「刹那の17歳の誕生日だからね、結構豪華だ よ」 ー17歳? 違和感を覚えて立ち止まった。そうか、俺は17歳なのか。 ぐるりと辺りを見 回す。 東京のマンション。ロックオンとアレルヤが弁当を作って、ティエリアもなんだかんだ言いつつ花見に参加する気は十分あるらし い。 訳もなく、幸福な気分になった。 「刹那」 玄関に立ったロックオンが振り返った。 驚 くほど優しい笑みを浮かべている。 「こんな事しかしてやれなくて、ごめんな」 ー俺はこの頃 のお前しか知らないんだ。 ぐらり、と世界が歪んだ。 段々と、彼の声が遠くなる。 「…… いいや、十分だ」 その言葉が伝わったかどうか、定かではない。 す ぐに、意識は何かに引き戻された。 目 を開けると、コーヒーの香りがした。 俺の隣に誰かが眠っていたことを示すように、人のかたちに蒲団が少し盛り上がっている。 や はりいつも通りの時間に起きることはできなかったか。少し残念に思いながら体を起こす。 身体はだるいが、起きれないほどではなさそう だ。 片足をついて、自分の体重を支えられそうなのを確認したあと、ゆっくりベッドを下りた。 服を身につけて寝室 を出ると、いつもにないほど豪華な朝食の乗ったテーブルと、その傍らには、金髪の人。 「おはよう、刹那。良い夢は見れたかい?」 彼 の声を聞いたとたん、訳もなくほっとした気分になった。 グラハムはしばらく微笑んで俺の返答を待っていたが、すぐに様子が変わって傍 へ寄って来た。 「はて、どうしたのかな」 「…何がだ?」 「……泣きそうな顔をしているよ」 優 しく抱きしめられて、心地よさに身体を預けた。 「…幸せな夢を見た」 「それは良いことだ。よければ、どんな夢か 聞かせてほしい」 「誕生日の夢だった」 素直に答えると、グラハムが笑ったのが分かった。 身 体を少し話して顔を覗き込む。やはりグラハムは笑っていた。 「やれやれ、散々祝ったというのに、足りなかったかな」 腰 に回った手に嫌なものを感じて、咄嗟に身を引く。 「もう十分だ。あれ以上されると、体がもたない」 笑いながら離 れると、グラハムはそれに笑顔で答えた。 誕生日の夢。 決して嘘は吐い ていないけれど、グラハムと出逢うまで、幸せな誕生日などあったことがなかった。 あの誕生日は、現実とは全く違うものだった。 本 当の17歳の誕生日は、俺は戦場にいた。その日が誕生日だということを忘れていたほど、緊迫した状況にあったのだ。 …そしてその時も う既に、ロックオンは居なかった。 けれどもし、彼が生きていたら。俺たちが負けていなければ、本当にあったかもしれないと思った。 花 見の約束をしていたかどうか覚えていないけれど。その前に、俺は彼らに誕生日を言ったことがあっただろうか? 4年も前のことなど、 はっきりと思い出すことはできない。 ティエリアの言うとおり、人間の記憶と言うのは曖昧なものだった。 実際に起 こっていなくても起こったように思い違いをすることがある。本当にあったことでもなかったように思うこともある。 けれどそれでも良い と思えた。 彼らとの間にあったのは、辛いことばかりじゃなかったのだと知ることができたから。 過去を美化してい ると思われても構わない。所詮、夢は夢なのだ。 あんな夢を見るのは、俺が願っていたことだからなのだろうか? い や、あるいはあの夢は、ロックオンの亡霊が見せたものなのかもしれない。 まぁどちらでも構わない。 確 かに言えるのは、俺はあの時幸福だったということだけで、もうそれで十分だった。
|