産まれてきてくれて、











空 は激しく燃えていて、空気は喉を焼かんばかりに熱い。濁った大地に染み入るのは血の赤と硝煙の黒。
  敵は何処に居るのだろう。
炎 の爆ぜる音とけぶる視界の向こうから微かに、銃撃戦の鋭い音と人影が現れては消えていく。
  敵はどれだろう。
も とは顔も知らない住人の家屋であったであろうレンガ造りの壁に背を預けきることもできずに、この体には大きすぎるライフルを抱え直した。
   倒さなければ。
獣の唸り声が空気を振動させたる。なるべく呼吸を整えて、気配を消し機会をうかがう。武器は旧型のこれとナイフ一本 のみ。それでも
  殺さなければ。
近づいてくる物音と生き物の存在。あと数瞬たてばこの場でも一方的な戦闘が始 まる。耳につんざく、あれは、
  殺さなければ。
誰かの咆哮と断末魔。
  殺さなければ。
そ して、無機質で巨大な、
  殺される。
敵。

「破壊するッ!!」



久 し振りに見た夢は相変わらず最悪だった。

もう10年以上前の出来事であるはずなのに年月を経ても鮮明さは失われ ずにむしろ記憶よりも緊迫感を持っていたような気さえしてくる。それでも、鼓動は平常より少し速く呼吸も少々乱れている程度なのは俺の神経が図太くなった のか、夢の内容がマンネリ化しているからだろうか。
「なぁ、グラハム」
ベッドに座る俺の隣で横たわっている男の 名を呼べば、エメラルドの瞳がゆっくりと瞬いてなんだ?と静かに問いてくる。
もしかしなくても、こいつは俺より先に、眠る俺の異常に 気がついて目覚めていたのだろう。
大げさに騒ぐことはせずにじっと見守り、必要であれば惜しみなく手を差し出して抱きしめてくれる存 在にささくれた精神が癒されていく感覚は、全身を肌触りの良いベルベットに包まれているようでとろとろと眠気を誘う。
今も、腕の中で グラハムの鼓動を子守唄に白い肌へすり寄れば、満たされた溜息がこぼれた。
「俺は一種の固定観念を以て、自分が産まれてきたことが罪 であるかのように思う時がある」
この体を囲む腕にぎゅっと力を入れて非難の代わりにする彼は、普段の雄弁さを押し込めて俺の話を聞い てくれるつもりでいる。それが嬉しくてうっとりと目を閉じる俺はきっとしあわせそうな顔をしているに違いない。見せてやるのは癪だから、頬を押し付けてた くましい体にもっとしがみ付いた。
「この両手は真っ赤に汚れている。両親すらも手にかけた俺の罪は重い。
戦うだ けの人生に踏み出したきっかけは他人の思惑だったけれど。
俺は俺自身の意思でガンダムに乗り、戦い、世界に変革を促した自分には誇り を持っている。
例えそれが世界に非難される行いであったとしても、俺は自らがガンダムマイスターであることと、矮小な自分にも世界に 向けてできることがあるのが嬉しいんだ。
だから俺は…咎は、全てが終わってから受けるから…産まれてきて良かった、と思っても…
い いのだろう、か」
瞼を閉じれば規則正しく続くグラハムの生命の音がより鮮明に思えて、促されるようにぱらぱらと口をついて出てくるの に任せた独白は自分で聞いても支離滅裂で独善的で自分勝手だ。
口元が自嘲に歪む。
「私と会えたから産まれてきて 良かった、とは言ってくれないのだな。君は」
ほんのりと笑いを含んだその言い様はいつの間にか髪を撫でていた手つきと相俟って、こち らを咎める響きは皆無だった。
彼が時折見せる慈しみ、大事にしているという態度と想いは俺の中にいっぱいに満たされていて、許容範囲 を超えた愛情は目から雫になってあふれるのだ。決してこれは俺が涙もろくなった、という訳ではないはずだ。
「そういうことは自分の存 在意義と関係が有るものなのか?」
この時間を何よりいとおしんでいる自分が居ることはもうとっくにばれているだろう。それでもひねく れた物言いをするのは、もっともっと与えて欲しいからだ。
「少なくとも私は、今君をこうやって抱きしめられる腕があることに産まれて きた意味を見出しているがな」
グラハムは俺の分かり難い要求を余すことなく拾い上げて愛情を捧げてくれる。泣いてしまうよ。
腰 の辺りに乗せられていた掌が体のラインをなぞるかのように素肌を撫で始めるのがくすぐったい。
「ふ、」
「君が居 てくれて良かったよ。だから二人で触れ合える」
「…っ」
動物をなだめるような動きだったものが徐々に性的なもの をにじませた時には、彼の指が後腔に入り込んでいた。
眠る前まで彼のものを受け入れていたそこは緩んでいて、多少ほぐせば指の一本や 二本はやすやすと迎え入れられる。
「刹那」
「――ん?」
下肢から沸き起こる熱に身を震わせ ながら顔を上げれば、そっと、やさしいキスが額に落とされた。

「ありがとう」


ほ らまた一つ、雫がこぼれる。