また会おう











4 年間、一度も鳴ることがなかった端末。
それはすでに古い機種で、日常的に使用するために新しく高性能のものは別にもう一台持ってい た。
何度捨てようと思ったことか。だが、下手をすれば過去の通信からこちらの居場所がばれてしまうかもしれないリスクを理解しながら も、処分しなかった。いたずらに減っていく電池と経ていく時間を確認するのが嫌になり、普段は電源を切っている。リスクを最小限にするためだと理由をつけ ながら。
だから、その日、久しぶりにその端末を起こしたのは本当に偶然だった。一通のメールが送られてきたのも。



プ トレマイオスから地上に降り、急いた気分で着いたのは真夜中だった。指定された場所は小さな公園。昼間は子供たちやカップルなどでにぎわっているだろうそ こも、今はひっそりと息をひそめていた。穏やかな風に木々は密かにゆらぎ、慎ましい噴水は動きを無くす。子供用の遊具は幼い暴君たちに酷使された日中の疲 れを癒すかのように沈黙に固まり、デザイン性など気にも留めないが如くシンプルな時計が無機質に時を回し続けていた。
大きなまあるい 月に静かに照らされた木製のベンチ。
そこは、4年前に幾度となく逢瀬を重ねた合流地点。
『明日、いつものところ で』
文面はたったこれだけだった。
送り主の名前も、時間指定もない。
メールの『明日』もあ と数分で終わる。
罠の可能性は否定できなかった。迷った。危険が高すぎた。だが、どこかで、裏切られるわけなど無いと過信する自分も いた。過去の恋情が大きな影響を与えているのだ。なんの根拠もない。分かっている。それでも来てしまったのは、会いたかったからだ。認めよう。会いたい。
何 度も愛を囁かれ、体を交わし、心も通わせた。
コックピットで敵と知り、
激情を吐き出し、刃を交え、銃撃を浴びせ た。
共に過ごしていた時間にあいつが軍人だとは知っていた。だがまさか、あの、恐ろしいほどの執着をもって追ってきたフラッグに乗っ ていたなんて。甘いひと時に呼び出され苦渋の思いで離れ、戦場で相手とは知らずに戦っていたなんて。
愛しい人をそうと知らずに殺めて しまっていたかもしれない可能性に恐怖すると同時に、
愛しい人をこの手にかけることで永遠に自分だけのものにできる歓喜に震えた。
な んと背徳的な思いか。あいつのことを歪んでいると称したが、俺も同類だ。
互いの機体を貫いたあの後、あいつの生死を確認するすべはそ の気になればいくらでもあった。だがそこに存在の否定を突きつけられたら儚い願望を残すことすら許されなくなる。自ら進んで情報を手に入れる勇気がなかっ た。ただ一つ、受動的に知る方法は古い端末に送られるだろう通信だけだった。
だから、捨てられなかった。
生きて いるならば何らかの連絡がくるはずだ。と信じたい。
生きていても敵同士だ。といさめる。
生きて、いる、のだろう か。思考を停止する。
会いたい。もう、それしか残っていなかった。
記憶にあるものとは違う色できれいに彩られた ベンチに手の平を乗せると、ほのかに温もりが伝わってきたような錯覚がした。胸が塞がれる。
何かがせり上がってきて立っていられなく なり、すとんとそこに腰かけた。
4年前は、期待と喜びを抱えてここに座ってあいつを待っていたものだ。しかし今はどうだろう。なんと 滑稽な!
居るはずがないではないか。
CBが本格的に活動を再開した今、今日とゆう日にこの場に立つのは想像して いたよりも至難の技だった。
俺の機体、GNドライブを二つ搭載したダブルオーガンダムは主力戦力として活動している。そのパイロット が作戦行動とは関係なく、急に地上に降りたいと願い出ても却下されるのは自然のなりゆきだった。戦術予報士であるスメラギ・李・ノリエガに無理を言って許 可をもぎ取り、強化された警備システムが行く手を阻むのをすり抜けてなんとかここに来られたものの、こんな時間になってまであいつが待っているはずがない のに。
本当にここまで来ていたかどうかもあやしい。
これではただの道化。
馬鹿馬鹿しくて涙 が出てくる。
ほら、もう今日が終わる。
時刻が変わり、『明日』が『今日』になる、瞬間。
「せ、 つな?」
焦がれすぎて幻聴かと思った。
「刹那」
信じられなくて夢かと思った。
「… グラハム」
けれど、月光の下でも煌めく金の髪の持ち主は、俺の目の前に現れたのだ。



二 人の間には名前を呼び合った以降に会話が無く、この場の静寂が乗り移ったかのようだった。
俺はさっきから幾度も、何か言いかけて胸の 内を探すけれど、結局言葉が見つからなくて虚しく口を閉じることを繰り返している。
彼は慎重に公園の入口から離れてこちらに歩み寄っ て来ていた。
警戒した俺はひと時の休息を与えてくれるベンチから素早く立ち上がり、グラハムの動向を観察している。
間 合いを確認している自分がいて悲しい。
グラハムも、4年前のようになんの躊躇いもなく傍に寄ることはしないので、同じように考えてい るのだろう。
もう、何も確認していなかったあの頃のようには二人で居られないのだ。
やはり俺たちは、敵同士。
悲 しくて悲しくて頭がぐらぐらしてくる。
急に酸素濃度が薄くなった。息苦しい。
目の前が、霞んで―――
「何 故、泣く?」
「え、」
言われた意味が本当に分からなくて、無意識のうちに触れた自らの頬が濡れているのに単純に 驚いた。
「君は、何故ここに来た」
「――え?」
何故来た?何故、何故…
「… あんたが呼んだから。」
俺の答えは至極シンプルだ。グラハムが呼んだから来た。ただそれだけでしか有り得ない。
あ んたこそ、何故そんなことを聞く?
「君は、私を、騙していたのだろう?」
歩みを止めることなく彼が続けて吐いた 言葉に一瞬何を言われたのか思考して、理解し、愕然とした。
「―――――え」
「私は君たちCBの、ユニオンの情 報源だった。そうだろう?」
「ち、違う!」
断じて違う。あの頃の俺はただただあんたと一緒に居るのが嬉しくて幸 せで。そこにCBの思惑など一欠けらも存在しなかったし、俺が自ら情報収集をしていたわけでもなかった。グラハムに抱いていた思いは恋以外の何ものでもな かった。破壊者でしか成り得ない自分がこんなに幸せでいいのかとまで思ったあの日々を否定するなんて例えグラハムであったとしても許せることではない。
俺 の中は驚愕だとか悲哀だとか怒りでいっぱいでぐるぐる渦巻いて出口を詰まらせ、やはり、虚しく息を吸い込むしかできないのであった。
今 ほど自らの話下手な習性を呪う時はない。
「けれど残念だったな。私は一度として君の前で軍に関する情報を漏らしたことはなかった。 ――そこまで愚かではないからな」
「違う、違う!!」
やっと出てきたのは同じ音を繰り返すばかりで、これではグ ラハムに分かってもらうなんて到底無理だ。それでも俺はこれが最後の望みだと妄信する信者の如く必至に首を振って彼の思い違いをかき消そうとした。
「そ うじゃない、そうじゃないんだ!」
「何が違うのだ!」
話しながらも近づき続けていたグラハムに気付いた時には俺 の腕はMSパイロットに必須の強い握力をもって握り潰さんがばかりに拘束されていた。
「痛っ!――はな、」
「私 の心の痛みはこんなものではなかった」
間近で再会した大好きな緑の瞳が語るのは恋でも愛でもなく、怒りと悲しみだった。









「ひぅ、… いやだ!」
ぐちゃり、と下肢から粘着質な濡れた音が響き、熱い塊が貪欲に深い繋がりを求めて押し入って来る。
「は いって、くるな、も、や!あ、ぁ――あッ!!」
先ほどから何度も出し入れをされたそこは酷い痛みを訴えているのにさしたる抵抗もなく それを柔らかく迎え入れ、俺の意思とは無関係に肉をまとわり付かせている。
「も、いやだ、やめ」
「こんなに食い ついておいてよく言う」
グラハムの声からは侮蔑しか聞き取れなくて、涙腺が壊れた俺の目からはまた涙が溢れては落ち、地面に吸い込ま れる。
まとう物をほとんどはぎ取られた俺に対して、グラハムは前をくつろげただけの状態で俺を蹂躙していた。月の位置が変わるほど長 い間この行為は続けられていたが、まだ終わる気配すらない。空に居る丸い輝きは俺の惨めな有様を闇夜に浮かび上がらせるだけで、何をするでもなくそこに有 るだけだ。そんな当たり前の現象にも助けを求めたくなる。
「ひ、ぃ、く」
休む暇を全く与えられていない体は思う さまに揺さぶられ、あらゆる所が痛くてしょうがない。長い間使われていなかった後ろのすぼまり。限界まで開かされた股関節。力任せに押さえつけられた膝 裏。ひとまとめにきつく括られた両手。噛み切られるとまで恐怖した胸の尖り。揉み合ったせいで様々な場所に打撲や引っ掻き傷がある。小石やら砂利やらでこ すれて背中には深い擦過傷ができているはすだ。
ぎりぎりぎりぎり。痛い。痛い。
それらのどこより痛いのは、心。
4 年前にはあんなにも甘くて融けそうなほど嬉しかった行為が暴力となって自分に施されている。
こんなにも変わってしまった二人の関係 が、グラハムの気持ちが、痛くて。痛くて。
…いや、変わったのか?
俺はまだグラハムに何も伝えていない。何も言 葉にしていない。何も行動していない。
しびれる指に神経を注いで無理矢理動かし、グラハムのシャツにしがみ付いた。
背 中側で手を縛られていなくてよかった。まだできることがある。
「ぐらは、…あいたか、った」
―――変えてたまる か。
俺の行動に驚いて彼は律動を停止させたが、
「は、こんな扱いをされたかったのか?ずいぶんと淫乱だな」
す ぐに見下すような笑みを浮かべ
「い!ぁ」
屹立する力もない前のものに爪をたてられた。
あま りの痛みに思考が飛びそうになったが首を振ることでなんとか耐えた。
体液と土埃でどろどろな髪が頬に張り付く。
痛 い痛いと泣き叫ぶよりももっと大事なことがある。
苦痛には幼い頃から慣れているからどうとでもなる。
伝えなけれ ば。
ここで言わなければ俺は一生後悔する。
「…すき、だ」
精一杯に力を籠めた腕で目の前の 白い襟首を掴み、腹筋の要領で上体を起こし、彼の唇に口付けた。
「―――っ!!」
一度触れただけの時間しか俺の 腕力はもたなくて背中が地面に着陸する。
本当にもう、体力が底をついた。
「すき」
瞼が閉じ る前にグラハムの呆然とした顔が目に映った。
そんな顔をするな。
そう言ってやりたかったけれど、音になったかど うか確認することはできなかった。






目 が覚めたのは酷い吐き気と息苦しさからだった。
うつ伏せに横たわっていた体は反射的に起き上がろうとしたが、
「―― い!」
全身の関節が固まったみたいにきしんで思うように動かない。
「…う、ぐぇっ」
結局、 そのままの姿勢で吐いた。
たいした量は出なかった。食事を摂る時間も惜しんで指定ポイントに向かったから、胃に入っていたのはせいぜ い、胃液と飲まされた精液ぐらいだ。
じんわりとシーツに染みていくそれを見るでもなく視界に入れていると、ようやく鈍い脳が活動を再 開し始めた。
そう言えば、ここは何処だろうか。
俺たちが居たのは屋外だったはずだ。しかし、ここには清潔な空間 が広がっている。
可動性が普段よりも格段に落ちている首をめぐらせて見渡したところによると、どうやらホテルの一室らしい。ベッドは 二つあるが、使われた形跡が残るのは俺が潜り込んでいる方だけだ。カーテンはしっかりと閉ざされ、部屋の照明はベッドサイドの小さな明かりだけを残されて 他は全て消されている。今が何時なのか、昼なのか夜なのかすら分かり難い。
痛みを無視しながらゆっくりゆっくりと身を起して自分の体 の状態を確認する。ぐちゃぐちゃに汚れていたであろうはずの全身は意識がなかった間に洗われたのか、こびり付くのは先ほど嘔吐した物ぐらいだ。口の周りが べとつく。
腕で拭おうとして、手首に包帯が巻かれているのに今さら気が付いた。改めて目線をやると、体中の怪我に簡易的ではあるが治 療がされている。特に鈍痛を主張してくるのは背中と下肢だが、CBの治療ポッドに入れば12時間もたたずに回復するだろう。
とりあえ ず、汚してしまったシーツで口元を拭いた。
壁際の机に、きれいに洗濯されてたたまれた俺の服を発見した。新旧二つの端末もその上に置 かれている。
ベッドから降りようとして一度は失敗した。足に力が入らなかったのだ。急激に動いたせいでまたしても吐き気がこみ上げて 来た。我慢するのは余計に体力が必要だろうからそのまま床に吐いた。疲れた。…後始末はまかせよう。
立つのがめんどくさくなったので 這うように机に近づき、兎にも角にも端末が無事に作動することを確認した。ついでに時刻を見てみると、すでに半日以上が過ぎていた。これはいけない。随分 と長い時間寝てしまっていたようだ。何件か通信が入っている。トレミーのクルーたちからだろう。
全身に巻かれた包帯を服で覆い隠して いく。上手く動かない体で着るのはなかなかに難しかったが、出来ないこともなかった。
はらり、とホテルに備え付けの黄色いメモが翻っ たのはズボンを取り上げた時だった。どうやら今手に持っているものの下にひっそりと置かれていたらしい。気付いて欲しい気持ちと気付いて欲しくない気持ち が見事に表現されている位置だ。
『すまなかった。君に合わせる顔が無い。』
客観的に見れば、俺はあいつに対して 怒る権利も罵る権利もあるのだろう。だが、もうそんな気は失せていた。
『                    愛している 』
紙 の隅に小さく、筆跡も薄く頼りなく書かれた文字。いっそ嫌味なほどの自信満々な言動で周囲を振り回す彼には不似合いな印象を与える。
「… ふ」
こんなもので帳消しにしてやる俺は馬鹿みたいに甘い。
身支度を整え、怪我に響かないよう壁にすがりながら慎 重に歩む途中で、ちょうどバスルームのドアの前に立ち止まり、呟いた。
「俺を手に入れたいなら――――堕としに来い。」
そ のまま振り返らずに部屋を出た。
さぁ、帰ろう。
心配した仲間たちが待っている。もしかしたらティエリアあたりか ら怒鳴られるかもしれないな。アレルヤは泣くかもしれない。ロックオンは…一番懸命に探してくれて、顔を会わせれば何でもないふりを装うだろう。
そ んなことを考えながら進む俺の耳には、先ほどまで自分しか居なかったはずの部屋から聞こえる物音になんて、反応してやる暇などなかった。
け れどこの手は



あんたの言葉を握って、離さないから