刹那の様子がおかしい。 お互い仕事が忙しく、昨日久しぶりに刹那が家へ来たのだ。 明日も休みだというのでそれなら良いだろうと朝方まで刹那を離すことはなく…だが思えばその前から変だった。 「グラハム」と名前を呼ぶので振り向くのだが、そのあとすぐ「なんでもない」と言って顔をそむけてしまう。 最初は、誘っているのかもしれないと思った。 そう、だから急いでベッドに引きずり込んだのだ。 けれどすぐにそれが見当はずれだと気づく。 勿論最中の善がりかたからして、したくなかったわけではないはずなのだが、終わってからも何か言いかけてはやめることを繰り返している。 何か、言いにくいことでもあるのだろうか? 「刹那」 「なんだ?」 呼びかけると向かいに座った刹那がフォークを片手にこちらを見た。 遅い昼食だ。先ほどまで寝ていたせいか、いつもに増してあちこちに跳ねた黒髪が愛らしい。 「その…なにか、言いたいことでもあるのかな?」 聞いた途端にあぁしまったと思った。目の前の刹那があからさまに動揺したからだ。 言いたいけれど、言いにくいことなのだろう。やはり。 (ひょっとして…) ー別れ話、か? 頭をがあんと殴られたかのようなショックを受けた。 刹那はまだ何も言っていないのに、刹那以上に動揺しているのが自分でもわかる。 「グラハム……ずっと、言おうと思っていたんだが……」 普段は目を見てはっきりと話す刹那の覇気がない。 俯いて、視線を合わそうともしないまま、語尾は小さく空気に混じって聞こえなくなる。 言いたいけれど言いにくく、けれどずっと言おうと思っていた。 悲しいかな、「さようなら」という言葉しか出てこない。 落ち着け落ち着けと言い聞かせるが、よく考えれば刹那が別れを言い出さない根拠なんてどこにもない。 そういえば一度だって刹那の口から好きだという言葉を聞いたことがないのだ。 照れくさいだろうし刹那は普段から無口な方だからあえて気にしないようにしていたけれど。 今から思えばはじめから強引だった。一方的に追いかけまわして食事に誘ってうるさいくらいに告白を繰り返して。根負けして、仕方なく付き合っていた…のか? 視界がぐらぐらする。別れを想像しただけでちょっと泣きそうだ。 揺れている視界の中で刹那が意を決したように顔を上げたのが見えた。だめだ。我を忘れて叫びだしそうになる。 聞きたくない。受け入れたくない。刹那が自分から離れていくなんて。 「…グラハム……俺は…」 「ー刹那」 なんて自分勝手なんだと頭の別のところではそう思っている。27の男が、まだ幼さの残る16歳の少年に熱をあげて、離れたがっている向こうの気持を無視して自分の意思を押し通そうとしている。 最低だ。思いやりを持たずして長く付き合って行くことなど出来ないことはよく分かっているはずなのに。 けれど、それでもなんとかして止めたい。 「私は…軍人だ。運は良い方だしめったなことで死にはしないと思っているが、それでもいつだって死と隣り合わせだ。 だからね、刹那。君と居る時はとてつもない幸福を感じるんだ。生きていると実感する」 「…そう、なのか」 刹那がどこか居心地悪そうに相槌を打つ。やはりだめなのか。 「ー私の気持ちは、はじめからずっと変わっていないよ。君が好きだ」 伝えた声が少し震えたことに彼は気づいただろうか。 刹那は驚いたように目を見開いたあと、またさっきと同じように俯いてしまった。 少し、というか、その反応は結構傷つく、かもしれない。 困るなら困ると言ってほしい。なんとかして止めたいとは言っても、出来ることは自分の気持ちを精一杯伝えることだけなのだ。 「……ロックオンが」 「え?」 しばらくの沈黙のうち、刹那の口から出た言葉に一瞬耳を疑いたくなった。 あの男がどうかしたのだろうか。というか、どうしてこの話の流れで彼の名前が出てくるのか。 「その…ロックオンが、言ってた、んだが」 「…あぁ」 「ちゃんと、声に出して言わないと不安だ、と」 何の話かさっぱり理解できずにぽかんとしてしまう。 ゆっくりと顔をあげた刹那が、ちらりとこちらを見たあと、やはり居心地が悪そうに目をそらした。 「俺は…あまり、自分の気持ちを言わないらしい。だからそう言われた。それから…こ、いびとに、改めて…好きだ、と、言われるとうれしくなるだろう、と」 「……」 「それで…気づいた。俺は、グラハムに、改めてどころか何も伝えていない、と」 「刹那…」 ゆっくりとぎこちなく、けれどはっきりと言葉を紡いでゆく。 ようやく自分が早とちりしていたことに気づいて、ほっとした。なんだかすごく、刹那を抱きしめたい。テーブルという障害がなければとっくにそうしているのに。 (いやいや、落ち着くんだ) きっとまだ続きがあるはずだ。何も伝えていないと気づいたのなら、何か伝えるべきことがあるはずであって、それを刹那はずっと言おうとしていたのだ。 その伝えるべきことは、簡単に想像がつく。また泣きそうだ。さっきとは別の意味で。 「…俺は……」 視線を上げた刹那とばっちり目が合う。 次の言葉を聞いたら自分も同じことをもう一度刹那に返してやろうと決めて、長い沈黙を辛抱強く守ったのだった。
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