何
を考えているのかわからない、とよく言われる。主に、ロックオンに。 自分とて好きでこうなったわけではない。生まれつき、あ まり喋らないこどもだった。 戦場で育った所為でもある。話す必要などなかったから。 サーシェスに出逢って、教わった「殺す」という行為。対 象はなにも人間だけではない。 無意識のうちに感情を殺すことにも慣れてしまった。 動きを読まれればやられる。それと同じように、感情を読 まれることも、どこか恐ろしいものだと思っていたのだ。 きっかけは、偶然その時間に、そこを通りかかったこと だった。 夜中の展望室。食堂に食べ物を探しに行った帰りだった。 夕食時にいくら食べてもなんとなく夜中には空腹なのだ。 何度か夜中に食堂に足を運ぶうち、気づけば常にいくらかの菓子が用意されていた。 誰がやっているのだか知らないが、食堂にある食べ物は共 用である。 もらっても怒られないだろうとその日も菓子を手にそこを 通りかかると人影があったのだ。 (…誰だ?) 何気なく覗きこむと、そこには誰かと通信している様子の ロックオンの姿があった。 食堂帰りにロックオンに遭遇するのも2回目である。 前にロックオンに見つかった時は「餌漁るネズミみたいだ な」と言われたなと思いながら、そのまま通り過ぎようとした、その時。 「あぁ、俺も愛してるよ」 ーロックオンの口から出たその言葉に縛りつけられたよう に動けなくなった。 単純に驚いた、という表現が正しいのだと思う。 頭ではあぁ通信の向こうにはあいつがいるんだなとか立ち 聞きなんてするべきではないと思っているのに、足は全く動こうとしないのだ。 ロックオンが通信を切ってこちらに歩んでくるのをただ見 ていることしかできなかった。 「あれ、刹那」 案の定気付かれる。片手を上げて近づいてくる相手に軽く 頷くと、そこでようやく体が動いたことに気づいた。 動いたのなら、さっさと立ち去るしかない。 一度彼に捕まると色々世話を焼かれてなかなか帰してもら えないし、それについさっき聞いた恥ずかしい台詞がぐるぐると頭の中で回っている。 「邪魔したな」 もう通信は切られているし、何か邪魔をした覚えはないの だが、言わなければいけないような気がした。 だってやっぱり、第三者が聞いてはいけないような言葉だ ろう、あれは。 踵を返し、部屋に向かう。ロックオンのぽかんとした顔が 眼の端に映った。たぶん、聞かれていたことには気づいていない。 恥ずかしい奴らだ、と思った。あいつらはいつも、あんな ことを言い合っているのか。 出逢って2年。彼らがいつから今のような関係になったの かは知らないが、少なくとも自分がここに来た時には既にそうだった。 2年は、それなりに長い年月だと思う。それだけの時間が 経てば、なんというか、もう少し落ち着くものなのではないだろうか。 ずんずんと歩きながら、自分の頬が熱を持っていることに 気づいた。あぁ間違いなく照れているのだ。さっき聞いた言葉に。 そしてつい思い浮かべてしまった。自分に同じことを言っ た、あの男の顔を。 いや、むしろ思い浮かべてしまったから照れたのか。 明日は丁度休みである。食堂に向かう前に連絡をして、会 う約束をしたばかりなのだ。 その所為もあるのかもしれない。多分、普段なら思い出し ただけで動揺することなどないのに。 「刹那!」 呼び声に振り向くと、さっき別れたはずのロックオンがこ ちらに向かって駆けてくるのが見えた。 「なんだ」 「お前、明日地球降りんの?」 「あぁ」 「俺も降りるの。一緒に行こうぜ」 「…わかった」 部屋はもうすぐそこである。なんとなくロックオンの顔を 見るのが気まずくなって歩き始めた。 もう一度呼び止められなければ、そのまま眠ることができ たはずだ。 「刹那、」 「…なんだ」 「別に、嫌なんじゃないよな?」 言われたことを理解するのにしばらくかかった。 話の筋は理解していたはずなのに、ロックオンはたまによ くわからないことを言う。 「だから、俺と行くのがさ」 怪訝そうな顔をしたのかもしれない。ロックオンは慌てて 付け足した。 「…嫌じゃない」 むしろ、どうしてそう思うのかを聞きたい。 普段だって一緒に行動しているし、一度だって嫌だなんて 言ったことはないはずだ。 「良かった。だってお前、あんまり感情外に出ないから さ。ちゃんと言葉にしてくんないと不安っつーか…」 「…そうなのか?」 「まぁ必要以上に言わなくてもいいと思うけどさ。お前の は言わなさすぎ」 そうなのか。 必要なことは口に出して言っているつもりだった。けれど 言われてみればそれは任務中のことだけであって、こういうなんでもない時は黙って過ごすことが多い。 「ほら、恋人に好きだって改めて言われるとうれしいもん だろ?」 言われた瞬間にグラハムの顔が頭に浮かんで相槌の一つも 打てないまま固まってしまった。 言葉に動けなくなるのは2度目だ。 ロックオンには何も話していないのでグラハムがいること など知るはずがない。それなのにさり気無く心の中に入ってくるところがこの男の不思議なところなのだ。 ぽつんと突っ立っている自分をよそに、ロックオンは 「じゃあな」と言って帰って行った。 ぼんやりとした頭の中であぁだからさっき通信であんな恥 ずかしいことを言っていたんだなと納得しかけた、その時。ふとあることに気づいた。 俺は一度だって、グラハムに好きだと伝えたことがあった だろうか? きっとないはずだ。いつだってグラハムから与えられるも のを受け取るのに必死で、何かを返そうなんて、そんな余裕もなかった。 ーいや、これも言い訳にすぎない。 そうなるまでのことをしているのだし、言わなくてもわか ると思っていた。 『ちゃんと言葉にしてくんないと不安っつーか…』 『恋人に好きだって改めて言われるとうれしいもんだ ろ?』 ロックオンに言われたことを思い出す。 伝えるべきなのだろう、たぶん。 (…でも) どうやって、伝えればいいのだろう。 好きだ、なんてグラハム以外でも、誰にも言ったことがな い。まともに恋をしたこと自体、グラハムが初めてなのだ。 明日、会った時にうまく伝えられるだろうか。 『俺も愛してるよ』 先ほどの光景を思い出すと頬が熱い。 部屋に戻ってシャワーを浴びても言われたことが頭から離 れず困った。 明日、どんな顔でグラハムに会えば良いんだ。
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