まさか、こんなことになるなんて、予想もしていなかった。


「あの男はなんだ」
リビングに入るとグラハムがこちらに背を向けたまま口を開いた。
「…ロックオンだ」
彼が俺を見た。その眼差しの鋭さに、息を飲む。
「ずいぶんと、仲がいいじゃないか」
「…同僚だから」
グラハムがこちらに足を踏み出した。とっさに後ずさる。
「同僚。か」
彼が近づいて来るのに合わせて、距離を取る。
この目は。この顔は。この声は。
やばい。
前にもあった。
「…それだけか?」
「それだけだ!」
「ふむ」
もう一歩後退しーかかとが壁に当たった。
しまった!
顔の両側に置かれた彼の両手。慌てて逃げようとするのを阻む。
真っ正面に立ち塞がるグラハム。
気付けば退路は絶たれていた。
誘導されていたのだ。
「…グ、ラハム?」
怖ず怖ずと彼を見上げたその瞬間、乱暴に体を壁に押し付けられた。
顎をつかまれた拍子に後頭部を打ったが、顔をしかめる暇も無く唇を合わされる。
口内を苦しいほどにまさぐられ、あっという間に息を乱す。
「まぁいいだろう」
彼の冷たい声音が部屋に響いた。



「体にきいてみよう」

 





今日は、久しぶりにグラハムに会える日だった。
二人の休暇が重なることなどめったにない。
楽しみに、していたのだ。
もしかしたらそれが顔に出ていたのかもしれない。
普段は無表情だと言われるのに、それを読み取ったのはやはり彼だった。
ロックオン・ストラトス。
今朝、たまたま朝食の席で一緒になり、俺を見るなり「今日なんかあるのか」と尋ねた。
出かけるのだと答えると、今度は反対側から「めずらしいね」という声が聞こえた。
アレルヤだ。
彼の鈍さとロックオンの鋭さはなぜか非常に相性が良い。
この2人に挟まれて、質問攻めにされたりすれば、逃げられる確立の方が低いのだ。
「どこまで行くんだ?」
「…ちょっと」
「一人?誰かと待ち合わせしてるの?」
「……ちょっと」
答えたくはなかった。
どうもこの2人は、グラハムにあまり良い印象を持っていないらしい。
この2人は、というより、ロックオンが。
彼にとって自分は弟のようなものなのだという自覚はある。
よく面倒を見てくれるし(少々やりすぎな所はあると思うけれど)感謝している部分も…多少なりとも、ある。
グラハムのことをよく思わないのも、その辺りから来ていると思った。
要は、心配されているのだ。
以前、グラハムにひどいことをされた時、手首に残った後を見つけたのもロックオンだった。
何も言っていないのにそれがグラハムにつけられたものだとどこかで感じ取って、グラハムから連絡があるたび、彼は顔をしかめた。
今回だって、そうだ。
「…あいつと会うのか」
苦い顔をしてロックオンが尋ねた。
やはりわかってしまったか。
けれど、そもそもよく考えてみれば、自分が待ち合わせをする相手など、グラハムしかいないのだ。
ロックオンが、わからないはずがなかった。
「そうだ」
惚けた所でなんの意味もないと知っているから正直に答えた。
途端に今度はアレルヤがおろおろしだす。
「つ…着いていこうか?刹那」
「必要ない」
「でも、だって…」
ちらちらと横目でロックオンを見る。
心配でたまらないといった表情だ。
ロックオンはアレルヤの視線を感じ取って、目配せすると、こちらに向き直った。


「大丈夫だって。あいつが来るまで一緒に待つだけだ」

 



あいつが来るまで、と言った言葉を、ロックオンは正直に守った。
内心おもしろく思っていないことは確実だが、グラハムが来ると立ち上がって、握手までしたのだ。
そういう所が、大人だと思う。自分ならば絶対に出来ない。アレルヤも、微笑んではいたけれど、立ち上がらなかった。
「じゃあ刹那、気をつけてな」
せっかく関心していたのに、付け加えられた皮肉たっぷりの言葉にため息をつきたくなった。
大人な振る舞いをしていても、グラハムを信用していないということがありありとわかる。
どうしてそこまで、という言葉はすんでの所で飲み込んだ。
ぎりぎりで保っている雰囲気を壊すような気がしたからだ。
目だけで訴えると頭をくしゃくしゃと撫でられて、元々あちこちに跳ねていた髪が更に色々な方向に飛んだ。
ーそうだ。
この時、2人に気を取られすぎて、グラハムの様子を見ていなかった。



グラハムだって、おもしろく思うはずがないのだ。


 




「や!…あ、ああぁっ」
壁に手をついて背後から与えられる快楽に堪える。
膝がガクガクしてうまく立てないのに横になることどころか、座り込むことも許して貰えない。
腰を揺すられ、繋がっている部分が音を立てる。
快感が直撃して、声を
「ぁ、ひぁっ…あ!」
止められない。
足から力が抜けそうになるとグラハムは動きを止めてある程度まで回復するのを待つ。
「無理…、もう、っ!」
「ほら。しっかり立って」俯くと見える、生まれたての小鹿のように震えている自分の足と、床を濡らす吐き出したもの。
それはついさっきのことなのに。また自分は。
「ぁ、む、りだって…」
「…しょうがないね」
小さな溜息とともに、腰を固定していた彼の手が胸にまわされる。確かに彼は俺の体重を支えてくれているが
「ちょっ!や…触っ、ぁああッ」
同時に体中をさぐられる。
「どうしたんだい?…気持ちいいのか」
「ぃや、ぁっ…あ、」
「認めなさい。さぁ、ほら。…言って」
グラハムが冷えた声で答えをうながす。彼の熱は全て自分の中に有るものに集結しているようだった。心の温かさも。
けど、その冷たさに感じている自分も確かに存在するわけで。
早く、開放されたい…。
「いい、」
「…良い子だ。刹那」
満足げなグラハムが大きく腰を使った。
「ぁ、ああ…っ!」



もう何も、考えられない。