朝になってしまった、とカーテンの隙間から漏れる光を見てグラハムは思った。

自分の周りに散らばるネクタイやタオル。刹那の身体に残った痛々しげな痕。

(どうしてあんな酷い事を)

刹那に対する申し訳ない気持ちと自分の中の複雑な感情で、グラハムは一睡もしていなかった。

刹那は昨夜意識を失って、そのまま眠っている。昨夜の苦痛に歪んだ顔とは打って変わって穏やかな寝顔だ。

「…私は、どうかしてしまったのかな」

起きる気配のない刹那を見つめながらグラハムは自嘲気味に笑った。




悔やんでも悔やみきれない事をしながら、君の苦しそうな顔も綺麗だと思ってしまったんだ。




 

 






ふ、と名前を呼ばれた気がして目を開けた。…眩しい。昨夜は光を見ることを許して貰えなかった。

「…刹那?大丈夫?」

優しく声をかけられて、彼の顔に焦点があう。心配そうだ。

大丈夫なものか、と文句を言おうとしたら、喉に鋭い痛みが走って咳込んだ。

「刹那!」

みず、と唇だけで伝えて持って来てもらった水分で喉を潤す。…少しましになったが、まともに声は出そうにない。

体中至る所が痛い。

「…ごめん。刹那」

グラハムが心から謝っているのは分かっているが、自分をこんな状態にまでさせた恨みがまだくすぶっている。

ふい、と彼から顔を背ける。

ためらいがちに伸ばされた指が、額に掛かる髪をどけた。

抵抗しないでいると、グラハムは身を屈めて、額にくちづけた。

「…本当に、ごめん」

昨夜とはあまりに違うキス。この体には、乱暴にされて鬱血した跡が数え切れない程に有るのに。

同じ声、同じ指、同じ唇、なのに。その時確信した。

ああ。俺は。この人を本当に、心の底から嫌うことは絶対にない。

どんなに酷い行為でも、俺は許してしまえるのだ。

この気持ちを伝えたくて、グラハムの目を真っ直ぐ見つめながら、手首に縛られた跡が残る両腕を差し延べた。

あなたが、好きだ。



 

 



刹那は、本当にいい子だ。もし自分が同じような行為をされたら、一生恨み続けるだろう。それだけのことを私はしたのだ。

なのに、彼は許してくれた。

声を出すことも、自力で体を起こすこともできない状態なのに。

しょうがないな、と。

受け入れる、と。

その目は言っていた。

彼が自分から離れて行く不安が拭い去られたと同時に、彼への罪悪感が増した。そして、こんなにも寛大な心を持つ、彼への愛情も。

「…刹那」

自分に向かって伸ばされた腕に答えて、彼の体に負担がかからないように抱き上げた。

バスルームへ向かいながら、手にいれた可愛い恋人にささやく。

「…愛してる」

 

 

 

 










おまけのマイスターズ





「刹那、それ一体どうしたんだ」

休暇が開け、宇宙に上がるために軌道エレベーターへ向かう途中、ロックオンが刹那に聞いた。

視線の先には手首。もう大分消えたと思っていたネクタイの痕がうっすらと残っていた。

一見わからないのに、そこはさすがロックオンといった所か。

「別に、なんでもない」

「なんでもない?あの男になんかされたんじゃないのか」

「なんでもない、と言っている」

「いや、でもな刹那ー」

「あなたこそその首筋の絆創膏はどうしたんですか、ロックオン」

険悪になりかけた2人の空気を和らげたのは、意外にもティエリアだった。

元々答えを聞く気はないのか、2人を追い抜かして歩を進める。

「あ、いや、これはだなー」

なんとか弁解しようとロックオンがティエリアを追いかけていったのを見て、刹那は内心ほっとした。

これ以上詮索されるのは嫌だった。自分のされた事が露見すると、グラハムに対する印象も当然悪くなる。

「…心配してるんだよ」

後ろから追いついてきたアレルヤが声を掛けた。

「わかってる」

「なら良いんだけど。…刹那、」

「なんだ」

「刹那は…あの人の事ちゃんと好きなんだよね?」

気持ちがないのに好きなようにされてるのではないかと聞きたいのだ。

なんでこうも過保護なんだ、と刹那はため息をつく。

そしてもうこれ以上聞かれないよう、アレルヤの目を見てはっきりと言った。

「当たり前だ」