食後の皿洗いはいつの間にか自分の仕事になっている。グラハムは食事を作ってくれる。その変わりだから、何の不満もない。
食器をすすいでいると、不意に、視界が高くなった。腹の辺りにたくましい腕がまわされている。
「…どうした」
背後から自分を抱き上げているのは、グラハムだ。
「ん〜。…刹那切れ」
俺は電池か?
「…今、洗い物してるから、」
後でな。と
「…それは、私よりも皿が大事、ということか」
あれ。伝わらなかった。
「いや。そうじゃなく、うわっ」
力強い両腕で、本格的に抱き上げられた。
「こっちおいで、刹那」
「ちょっ…降ろせ!」
「嫌だ」
体格の差は歴然としていて、十分に抵抗する間もなく寝室に運ばれる。
「わっ」
乱暴にベットに落とされ、相手の顔を見上げる。
「まったく、この子は…」腰に手をあててこちらを見下ろすその表情を見て、血の気がひく。やばい。
「待て。落ち着け。そういう意味じゃない」
慌てて説明しようとするが「会えなかったこの二週間。私がどれだけ我慢していたか、君には分からないのかな?」
聞いちゃいない。
「…それは、俺だって」
会いたかった。と続ける言葉を飲みこんだのは、自分の体をまたぐようにして、彼がベットに入ってきたからだ。
「…もう少し、調教が必要なようだ」
…は!?
やばい。ものすごく。
こちらに身を屈めながらグラハムは言った。
「二週間分、楽しませてもらおう」
すでに体は限界に達している。
頭上で一つにまとめられた手指は、きつく縛られているせいで十分に血がまわっていないのか、真冬の水に浸したように冷えている。逆に、今まさに探られている部分は、…熱い。
「…あ、っ!」
自分の中をまさぐるグラハムの指もひんやりしている。
そう、そのせいで自分の熱を余計に感じるのだ。
皮膚の感覚が敏感になっているのが分かる。
背中に触れるシーツの編み目すら数えられそうだ。
彼の指の形がいつもより生々しく感じられて、それがまた、俺の体温を上げる一つの要因となっていた。
「いた…っ」
首すじを、彼が、唇をあて、嘗め、吸い、噛む。彼が場所を動かす度に熱が増す。点々と下におりる激しいくちづけ。
「う…、ぁ」
俺に見えるのは完全な暗闇で。グラハムがどんな表情をしているかも、次に何をされるかも分からない。
今の俺が世界から与えられるのは彼が身体に刻む温度と痛み。
聴覚は…あぁ、俺自身が生み出す鼓動、吐息、声があまりに大きいので役にたたない。彼は先程から一言も喋らないし。
あとは、微かに感じる自分以外の存在の気配。
…今ここに居るのは本当にグラハムだろうか。
そんな疑問すら浮かんで来る。
だって、あまりに…
「ぅ、ああぁッ!!」
指が引き抜かれ、やけどしそうな程熱いものが押し入って来る。
自分を蹂躙するこれは、こんなにも圧迫感の有るものだっただろうか。
分からない。
「…力抜いて」
何ヶ月も聞いていないような気がする、グラハムの声。平淡で、妙な程感情がない。
なぜ。
「やっ…、ひぁっ!」
体内をえぐられる感触に、悶える。
ごめんなさい。
許して。
何度も懇願したのに、彼は止めてくれない。
いつものグラハムじゃない。
どうして、こんなに。
わからない。
…わからない。
「んぁ、ゃ、…ッ、ぁあっ!!」
今夜、何回目か分からない頂点とともに、俺の意識は薄れていった。
髪の毛をぐいと引っ張られて今にも消えかけていた意識が引き戻された。
「…飛ぶんじゃないよ、刹那」
冷たい言葉が胸に刺さる。
本能的な逃げすら許してもらえないのか。
と、思うと、しゅるしゅると紐を解く音がした。両腕が自由になったらしい。むろん、痺れて感覚はないけれど。同時に目隠しも解かれると、視界が歪んでいることに気づく。
長く押さえつけられた上、痛みで涙が出そうになっていた。
重い腕をなんとか持ち上げてグラハムの背中を抱こうとした。が、予想に反して彼は自分の中から出ていく。
どうして、と問いかける前に身体も起こされた。
ぺたんと座り込んだ自分に、ようやくはっきり視界に映ったグラハムが言う。
「私を愛しているね?」
こくんと頷くと、グラハムは満足そうに笑った。
そしてまたもや髪の毛を引っ張られ、目の前には、彼の。
「良い子だね…さぁ、」
抵抗もなく口に含んだ。口の中だけの感覚に、身体中が熱くなる。
ーもう一度欲しい。
絶頂が近くなったのか、グラハムから頭を引き離された。次の瞬間にはびしゃ、と生ぬるい感覚。
「あぁ…綺麗だよ刹那」
なにが綺麗なものかと思っても、その舌で顔中を舐められればすぐにどうでもよくなる。
欲しがるように舌を差し出せば、あとは、もう。
また淫らに求め合うのみ。
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