翌日、予定通りにラッセがやってきた。
彼はロックオンの前に立つと頭のてっぺんから足の先までまじまじと眺めて「生きてるんだな」と口にした。
予想通りの反応に、また苦笑してしまう。
怪我がある程度治るまで、こんなに時間がかかったのだ。
彼にしてみれば幽霊がいきなり現れたようなものなのかもしれない。
「おかげさまで」
肩をすくめて言うと、ラッセはもう一度ロックオンの身体を眺めて、それから大きなため息を吐いた。
「…当たり前みたいにして立ってるから、逆におかしい」
「おかしい?」
意味がよく分からなくて聞き返す。
「刹那とティエリアなんか、大変だったんだぞ。トレミー内の雰囲気は最悪だったし、昨日だってアレルヤが怒鳴ってた」
「え?」
要するに、すごく悲しんでいたんだなとまるで他人事のように思って聞いていた言葉の一番最後に引っかかった。
怒鳴った?アレルヤが?
普段の温厚な彼からは想像できない姿だ。一度だって見たことがない。
「落ち込んでる刹那とティエリアを叱咤しただけだ。驚いたけどわからなくもないよ」
死んだ人間のことをー生きていたけどーいつまでも引きずっているのは必ずしも良いことではない、とラッセは続けた。
刹那もティエリアも初めの方に比べれば随分丸くなったと思う。
他人など興味がない様子であったのに、今は、そんなにも自分のことを。
そう思うと胸があつくなった。
見ているようで見ていなかったのだ。確実に自分たちの関係は変わっている。
そんなにも悲しませてしまったことを、申し訳なく思った。
「行くぞ、ロックオン」
ラッセの声で我に返る。
返事をしながら、己の行動を深く反省した。
目的の為なら手段を選ばない、どちらかといえば非情だと思っていた2人よりも、もしかしたら自分の方が非情なのかもしれない。
彼らの気持ちを無視して、あいつを殺すことだけしか考えていなかった。
今まで、トレミーに帰ったら心配かけたなと謝るつもりでいた。
けれど謝るべきはそこではない。人の気持ちを考えず突っ走ったことを謝らなければいけないということにロックオンはようやく気づいたのだった。
意外にもあっさりと宇宙に上がり、やがてプトレマイオスに降り立った。
もう帰れないと思っていた場所。
ラッセが居なくて、一人だったら足を踏み出すのに時間が掛かってしまったかもしれない。
気持ちが高揚して、だけど少し緊張している。
シュン、とドアが開いて懐かしい顔を見たとき、その緊張はとけて顔がゆるむ。
「ただいま」
小さく告げると、まず飛びついて来たのはフェルトだった。
溢れんばかりの涙を浮かべて、肩を震わせている。
頭を撫でてやるとその涙が一気に零れた。
「お……おかえり、なさ…」
言葉も紡げないほどしゃくりあげる彼女を抱えたまま、視線を前に戻す。
ほっとしているのかもしれない。皆の表情は柔らかだった。…マイスターたち3人を除いて。
刹那もティエリアもアレルヤも、眉を顰めてじぃっとこちらを眺めていた。
言いたいことはわかる。きっと、自分が謝るべきことに対して怒っているのだ。
「…勝手なことして悪かった」
彼らに向けたつもりでそう言うと、ティエリアは不機嫌そうな顔のまま、目の端に涙を溜めた。
本当に彼らを傷つけてしまったのだ。駆け寄っていって、慰めてやりたい。
嫌がるだろうけれど、その傷を癒せるのは自分しかいないと知っている。
クリスティナに宥められたフェルトが離れたあと、マイスターたちのもとへ近づいた。
「ティエリア」
「…どうして、あんなことを」
「あぁ、悪かった」
「……わたし、は…あなたを守ると…!」
強く強く握り締められた拳。それを見て、また胸が痛んだ。
守られることに慣れてはいないから。
自分はいつも、守ってやりたいと、そう思ってしまう。
それが果たせなかった時の悲しさは知っていたはずなのに。
「ロックオン」
隣で小さな少年がこちらをじっと見つめていた。
「−刹那」
「すまなかった、俺がもう少し早く…」
そんなことない、と言いたくなる。
自分が生きて居られたのは、グラハム・エーカーのおかげだ。
彼と自分の共通点は刹那であるし、刹那のおかげだと言っても過言ではない。
けれど今は言わない方がいいような気がした。
刹那だって、自分の恋人に会いたいに違いないから。
下手にグラハム・エーカーの話題を出して、彼に切ない思いをさせたくはなかった。
一人で思っている分には平気だとしても、他人にその話題を出されると辛くなることがある。
…自分だって。
「−アレルヤ」
会いたくてたまらなかった。
グラハム・エーカーに助けられて、怪我の治療を受けている時は平気だったのに、王留美に言われてから、沸々と湧きあがる気持ちは抑えられなかった。
ぼうっとこちらを見ていたアレルヤはロックオンの声で目に光が戻った。
「…はい」
口を開いてから声が出るまでに、数秒のブランク。ようやく出た声は、ひどく小さなものだった。
恐れているのだ。これが現実なのかどうか。ロックオンが、本物なのかどうか。
触れた途端に消えてしまうような、そんな脆いものであるはずないのに。
きっと、アレルヤは怖がって、だからフェルトやティエリアや刹那のように直接感情をぶつけてこない
少し悲しく思うが、その倍くらい愛しい。
意を決した様子でアレルヤの腕がゆっくり伸ばされた。
その腕が自らに触れるまで待てず、引き寄せて思いっきり抱きしめる。
ずっと待っていた、心地よい温度。
ややあって、アレルヤの腕も背中に回された。
他の乗組員がそれとなく視線を逸らす。
できれば見たくないだろう。長身の男2人が抱き合ってる姿なんて。
今日くらいは我慢してほしいなと思っていると、背中から声が聞こえた。
「ロックオン」
「ん?」
聞こえた声は相変わらず小さく、震えていた。
「おかえりなさい」
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