「ラッセが?」
「えぇ、明日にでもいらっしゃるそうです」
いつ緊急事態になるかわからない。そのために、ガンダムは3機とも残しておきたかったのだろう。
予想はついていたことだが、少し寂しい。
「…彼に来てほしかったんですの?」
さらり、と。天気の話でもするかのように言うから飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
彼ってなんだ。
「え、えっ!?」
「そうなんでしょう?」
「…っていうか、なんで、」
あぁマイスターとして失格だなと思う。
取り乱して自分から暴露するようなことを言ってしまっては。
「私はエージェントですのよ?当然ですわ」
いや、それ絶対嘘だろう。
きっとミス・スメラギ辺りが言っているに違いない。本当に、女性というのは恐ろしいのかもしれない。
アレルヤとのことを隠そうとしなかった自分も自分だが、それにしたってこれはないだろう。不意打ちだった。
ため息を吐きたくなったとき、紅龍が何かを持って入ってきた。
王留美は何も言わずに受け取ると、それをこちらに差し出した。
「通信機です。連絡差し上げたらよろしいのではなくて?」
誰に、なんて聞くだけ無駄だ。
連絡したい気持ちは、勿論ある。
けれど、連絡してどうするんだ?
顔を見て、きっと心配しているだろうから平気だと告げて、それで…それで?
ーそんなことよりも、もっと自分が欲してるものがあるじゃないか。
「…やめとくよ」
「あら、そうですの」
それは残念、と大して残念でもなさそうに、目の前の少女は紅茶を啜った。
連絡をすればアレルヤは喜ぶだろう。
けれど通信で見るお互いの顔だけで満足できるとは思えなかった。
明日ラッセが来る。よっぽどのことが無い限り、トレミーには戻れるはずだ。
きっと、絶対に逢える。
話ならその時でいい。
いつだって、自分が欲しているのはアレルヤの全てなのだ。
************
彼がよく立っていた場所に立って、宇宙を眺めていた。
今起こっていることを上手く処理できず、頭の中は依然ぼうっとしている。
真っ暗な宇宙はいつ見ても同じ景色だ。たまに見える地球や、そこから伸びる起動エレベータもすっかり見慣れてしまった。
にも関わらず、彼はよく一人でそこへ立っていた。
「なにをしてるんですか」と問いかけるといつだって「外を見てた」と答えるだけだったけれど、なぜかその笑顔は悲しそうで。
それを見るたび胸がぎゅうっと締め付けられる気がした。
彼が好きだからそうなるのか、でもはっきりしたことはよくわからない。
そしていつの間にか問いかけるのをやめてそこに並んで立つようになった。
何かを話す時もあれば、ただ並んで立っているだけの時もある。
手を伸ばせば届く距離に居て、その少しだけ離れた距離がなんだか心地よかった。
…勿論、触れてしまう時もあるけれど。
「……ロックオン…」
返事のない呟きを零す。彼が生きているのだという実感がまるで湧かない。多分実際にその姿を見ていないからだ。
この数週間、死んでしまったのだという実感も湧かなかったが、どこかで生きているという気もしなかった。
時間だけが嘘のように宙ぶらりんな気持ちのまま過ぎていって、区切りをつけなければと思ったところに今日の話だ。
何を信じればいいのかよくわからない。
生きているなら通信でもいいから顔を見たいという思いはあったが、彼の通信機は彼の部屋に置きっぱなしであるし、
彼が宇宙に上がってくるまで、それは不可能のように思えた。
明日、ラッセがロックオンを迎えに行く。順調に行けばすぐに会えるはずだけれど。
なんだかとてもこわい。
嬉しいはずなのに、明日が来なければいいと思う自分がいる。
もし、この情報自体が間違っていたら?
こちらに向かう途中でなにかがあったら?
そう思うと不安で心細くて途方にくれてしまう。
そんな僕を宥めてくれたのはいつもロックオンだったのに。
目の前が少し曇って、鼻がつんとした。めそめそして、情けない。
泣くもんかと思ってぎゅっと目を瞑った。その奥に、彼の姿が見えた気がした。
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