そ
れは、ソレスタルビーイングの活動が始まる少し前。丁度刹那と東京に居た時だった。 何のために東京に来たのかは忘れてしまった。何せ あの頃は、なんだかんだと世界中を飛び回っていたのである。 特に、ファーストミッションを地上で行うことになっていた俺と刹那は多忙 だった。 そんな中与えられた休日を俺はなぜか刹那の部屋で過ごしたのだ。多分、トレミーに帰るまでの時間はなかったんだろう。休日と いっても、せいぜい1日か2日だった。 日本の夏はじめじめしていて好きじゃなかった。じっとりとした汗が肌に張り付いて気持ちが悪 い。 よくこんな所で暮らせるな、と東京に家を持つ刹那に何気なく言ったところ、無表情な彼は「いずれ慣れる」と言って外を眺めた。 そ の日の刹那は、やたらと外を気にしているようだった。 朝起きて真っ先に外を眺めて、がっかりとした様子で(僅かな変化だったが)溜息 をついていた。 今も、どんよりとした空を眺めている。 どうやら天気を気にしているらしかったが、俺にはその理由 は全くもって分からなかった。 「なぁ、今日、何かあんのか?」 何度目かに刹那が外を眺めているのを目撃した時、 思いきって訊いてみた。 刹那は相変わらず無表情だったが、僅かに動かした口元から、もしかすれば戸惑っているのかもしれない、と思 う。 「……ティエリアと賭けをしたんだ」 その口から出てきた言葉に一瞬耳を疑った。 刹那が ソレスタルビーイングに来てからもうすぐ2年が経つが、その間、刹那とティエリアが楽しげに話している姿など見たことがない。 話すと いっても必要最低限のことだけ、しかもなぜかどこか喧嘩腰で語られることが多かったので、2人が賭けなどをする仲だったとは、到底信じられなかった。 一 体どんな賭けをしたんだと問うと、刹那はぼそりと呟いた。 「…今日の天気だ」 「今日の天気?そんなもん、賭けて 何になるんだ?」 天気が良かろうが悪かろうが、自分たちには関係ないだろう、と付け足すと、刹那は「それはそうなのだが」と言って少 し眉をひそめた。 「ロックオンは、今日が何の日か知っているか?」 「今日?」 問われて、頭 の中でカレンダーを思い浮かべる。はて、何かあっただろうか。 誰かの誕生日?いや、俺と刹那の共通の友人などいないし、ソレスタル ビーイングのメンバーの誕生日は知らない。 大体、誕生日には、天気は関係ないはずだ。 「今日は、七夕なんだ」 思 いつかなくて首を傾げる俺に、刹那が正解を言った。 「タナバタ?」 訊きなれない言葉にまたも首を傾げる。いや、 どこかで訊いたことがあるぞ。 タナバタ。あれは、なんだっけ。誰が言ってたんだ? 「七夕の日に東京の天気が良い 確率は30%程度にとどまる。だが、それは新暦だからであって旧暦の本来の七夕に天気が良い確率は50%だ。だから賭けをした」 普段 あまりしゃべらない刹那が珍しくよく喋った。 しかし、言っていることはよく分からない。だから、って、なんでそこでだから、なんだ。 なんで賭けをするのかさっぱりわからない。 「……なんで、天気が関係してくるんだ?」 「だから…逢えないかもし れないだろう」 誰に?とは訊けなかった。刹那が部屋を出て行ったからである。どこに行ったのかはわからなかったが、特に興味もなかっ た。 せっかくの休日なのだし、彼もどこか出かけたいところがあったのだろう。 結局その日は刹那は次の日まで帰っ て来なくて、なぜか連絡もつかず非常に心配した覚えがある。 七夕という言葉の意味を思い出したのはそれから随分経ってからのことで、 それ以来、七夕のことを考えたことなどなかった。 だ から、アレルヤの口からその言葉を聞いた時は驚いた。 場所だって東京で、いつの間にか慣れてしまった夏の暑さの中だった。 ア レルヤが、あの時と同じようなどんよりと曇った空を眺めて溜息を洩らした。 「残念だな。今日は七夕なのに」 その 言葉で、数年前の出来事をふと思い出したのだった。 「そうだ、七夕!」 休みだからといつまでもベッドに寝転がっ ていた俺はがばっと身を起こした。 あまりにも突然だったからか、アレルヤが不思議そうな顔で振り返る。 「…何? 七夕がどうかしたの?」 「いや、前に刹那とティエリアが賭けをしてたことがあったんだけどな」 数年前の出来事を 話すと、アレルヤはあぁ、と納得して微笑んだ。 「その話なら僕も覚えてるよ。わざわざ旧暦の7月7日にあたる日をティエリアが計算し てたから」 「なんであんなに七夕にこだわったんだ?」 「……そうだね」 意味深な笑みを浮か べるから妙に気になった。 窓際に立つアレルヤの腕を思いっきり引っ張ってベッドに引きずり込む。 「うわっ」 倒 れやすい方向に引っ張ったのだ。あっさりバランスを崩した身体が倒れこんでくる。 そのまま2人でベッドに埋もれて、笑いあう。 「まぁ、 要するにロマンチストってことだよ」 手に指を絡めてアレルヤが俺を覗きこんだ。 「あの2人が?」 お 前の目にはどう映っているんだと言うと、アレルヤは微笑を浮かべたまま、大真面目に言った。 「あの2人も」 「ど ういう意味だよ、そりゃ」 「世界平和なんて言ってる人はみんな、ロマンチストってこと。僕も、あなたもね」 「ふー ん」 なんか、論点がずれた気がするが、気にしないでおこう。 代わりに、目の前にあった唇に軽くキスをする。 「… 雨が降ったら、逢えないんだよな」 「うん、天の川の水嵩が増すからね」 「可哀そうだよな。来年まで逢えないなん て」 俺は心からそう思ったのだが、アレルヤから同意を示すような声は返ってこなかった。 俺の言うことの大抵には 「そうだね」と返すので、「そうかな」と返って来たときは少し驚いてしまった。 「それでも逢えるんだから、まだましじゃないかな。世 の中にはもっと可哀そうな恋人が沢山いるよ」 その口調は心なしか怒っているようにも聞こえた。 不思議に思って顔 を覗き込むと、悲しそうに眉を寄せているアレルヤの顔が目に入った。 「−アレルヤ?」 どうしたんだと尋ねる前に 強く抱きしめられる。 なだめようと背中をぽんぽんと叩いた時、消え入りそうな声が聞こえた。 「……あなたが居な くなったとき、もう二度と逢えないと思った」 「……アレルヤ…」 そのまま背中を強く抱きしめた。 居 なくなったとき、というのは宇宙に消えた時のことだ。俺だってまたアレルヤに逢えるとは思っていなかった。 助かってももう戦えないん だと分かった時、いっそ死んでしまえばよかったと思わなかったこともない。 けれど今では一瞬でもそう思ったことを後悔していた。 だっ て、そうしていたらもうアレルヤには逢えなかったから。 「……すみません、感傷的になってしまって」 「全くだ な。俺だって…」 ーお前と、二度と逢えなくなった時のことなんか考えたくねぇよ。 そこまで言うことはできなく て、腕を緩めてアレルヤを見た。 さっきよりも、泣きそうな顔をしている。ほんとに、情けない奴だ。 …だけど、そ ういう所が愛しくてたまらない。 「……愛してるぜ、アレルヤ」 「……はい」 眉尻を下げたま ま、アレルヤがほほ笑んだ。 伸びてきた手のひらが頬を包んで、導かれるままに唇を合わせた。 「ずっと一緒にいま しょうね」 つけ足された言葉に胸が温かくなる。 すぐ傍にある幸せを感じて、もう一度キスをした。
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