兄 のようなひとだった。
他の2人よりは断然話しやすかったし、二十歳になってすぐ一緒にお酒を飲んだこともある。
憧 れという気持ちは確かにあったのだろう。だけど、恋愛感情を覚えたことはなかったし、この先もまさかそんなことがあるとは思ってもみなかった。
け れど僕は今、その彼に押し倒されている。
「…なん、ですか」
喉が張り付いたみたいに声が出ない。ようやく出た声 は少しかすれていた。
今目の前にいる彼と、僕の記憶の中にある彼が違うことは知っている。この目で見たわけじゃないけれど、彼が死ん だことは事実だ。この人は彼の兄弟なのだと聞いた。
4年ぶりに見たその顔は相も変わらず美しく、懐かしさもあってつい見てしまってい たことはこの際認めよう。
けれどその事と、今の状況とは全く別のことだ。僕は彼と、そういう関係になることを望んだことはない。
… はずなのだ。
「…なぁアレルヤ。お前、男としたことあるか?」
「……は…?」
「上でも下で も。あんの?ないの?」
「……酔ってるんですか?」
「ちょっとな。で?どうなんだ」
こちら の質問をするりとかわしてほほ笑むと、彼は同じ事を問うた。
その笑顔に引き寄せられて正直に首を横にふる。
「へぇ、 そうなのか。じゃあお前上でいいや。セックスしようぜ、アレルヤ」
「……なっ…?!」
やばい、本気なんだこの 人。そう思って暴れて見たけれど押さえつけられていてはどうしようもない。
「まぁまぁ、そんなに暴れんなって。気持ちよくしてやるっ て言ってんだから。ん?」
耳元で囁かれた。思わずぞくりと身を震わす。これは嫌悪感から来るものだ、…と、思いたい。彼が僕のズボン に手をかけなければ。
「…いや、だ…!」
抵抗しようにも股間を握られていれば力が入らない。少し触れられただけ で熱を持つ単純なそれを、彼は丁寧に揉み解した。気づけば下着も剥されている。
この人は男が好きなのだろうか。誰か他の男性にも同じ 事をしたことがあるのだろうか。あまりに慣れた手つきの彼を、ふしだらだと思った。
…おんなじ顔してるくせに。
「…っ…」
目 を閉じて必死で与えられる快楽から逃れようとしていると、ふいに彼が噴き出した。
「お前…かわいいなぁ、ほんと」
「は…? 何言…っあ…!」
「…気持ちよかったら声上げろよ」
下の方から声が聞こえたと思うと、生温い感触。姿勢を低くし て、彼は僕にしゃぶり付いていた。押さえつけられていた所はとっくに解放されて、それでも身動きが取れなかったことに今更気づく。
こ んなの嫌だと頭では思っているのに咥えこまれた部分は快楽に正直に反応している。突然こんなことになって混乱しているのと、情けないのとで泣きそうになっ た。
心と体がアンバランスだ。ここでイッてしまえばもう終わりだと思っている。たとえそうならなかったとしても同じマイスターである という彼との関係は崩れてしまうだろう。まだその関係を築けてもいないのに。
「…ん、ァ……ッ!」
だけどイッて しまうよりましなんだ、と、そう思っていたはずなのに舐めたり吸ったりされる感覚に僕はたまらなくなって結局彼の口は僕の出したものを受け止めてしまっ た。
顔を上げた彼と眼が合う。はあはあと肩で息をしながらも「どうして」と小さく問うと、彼は意地悪そうににやりと笑った。
「さァ。 なんでだろうな。兄さんが羨ましくて、追い越してやりたいのかもしれない」
「どういうこと?」
「…ずるいだろ、 お前と2年以上も仕事してたなんて」
言ってる意味が分からない。
確かに僕がロックオンとーあぁそういえばこの人 もロックオンだったーそのくらいの歳月仕事をしていたのは事実だけれど、それに対してずるいとか羨ましいとか追い越してやりたいだとかそんな感情が出てく ることが謎だ。
きょとんとしていると彼はずいっと顔を近づけてきた。端整な顔がキスしそうなくらい近くまである。瞳が少し、ゆらいだ 気がした。
「ー兄さんも絶対、お前のこと好きだったと思うぜ」
「は……?」
ーロックオン が、僕のことを好き?
それ以上何か言う間もなく唇を合わせられた。完璧に不意打ちだ。無理やり口を開かされ舌を絡めると嫌な味がし た。青臭い、僕の精液の味。
(どういうことなんだろう)
ぼうっとしてきた頭で思った。言葉通りの意味なのだろう けど僕と彼は同僚以外の何物でもなかったし、ましてや彼にこんなことをされた覚えも、キスした覚えもない。
友達、と呼べたかどうかも 定かではないのだ。たぶん、そうとは呼べなかった。彼と僕との間には、言えないことがいっぱいあったから。
ーたとえその中に、恋愛感 情があったとしても。
「…兄さんが羨ましいよ。お前と2年以上も一緒にいてさ。それだけじゃねえ。もう死んじまったんだから。消え ねぇもんな、お前の中から」
ようやく唇が離れた時、さっきゆらいだと思った瞳は潤んでいた。僕はようやく彼の言ったことの意味を理解 した。
今の今まで好き勝手なことを言って、好き勝手なことをしてきたくせに、ここまできて僕に自分の気持ちを気づかせようなんてずる すぎる。
「あなたは……馬鹿だ」
正直に言うと、彼は「そうかもな」と苦笑してまた唇を合わせてきた。両頬に触れ られている手がじんと熱い。
角度を変えて何度か口づけた後顔を離すと、彼は頬も紅潮させていた。4年前に居た彼のこんな表情は見たこ とがない。
「なぁ…お前の上、跨っても良いか?」
どくんと心臓が大きく跳ねた。言われていることは十分わかって いる。それを拒むべき理由ももう無いように思われた。ここまでしてしまえば後戻りはできないだろう。
それを分かっていて聞いているの なら、やっぱりこの人は馬鹿で、ずるい。
それでも頷くのには勇気がいった。頷いた後も、ありえないくらい緊張した。僕は寝転がってい るだけなのに。
「あ…」
てっとり早く下だけ脱いだ彼が自分の後ろに指を突っ込んだ。あられもない姿にびっくりし て声を漏らすと彼はちらりとこちらを見て覆いかぶさってくる。
不規則な呼吸が耳元で聞こえて、かかる吐息に再びずんと腰が重くなっ た。見えてはいないけれど、腹に触れている彼の性器も勃ちあがりかけている。
しばらくそうしていて、ふいに彼が僕のものを掴んだ。軽 く扱いて勃たせると自分の後ろにあてがったので、いよいよかと思う。また心臓が大きく鳴った。
「…ぅ、あッ…あ…」
ゆっ くり腰を落としていく。つい逃げそうになる腰を、気づけば掴んでいた。
全部入るまで随分長いように感じられて、彼が全て収めた時に は、2人とも汗だくになっていた。
「……だいじょうぶ?」
「…ん。…あっつい。たまんねぇ、これだけでイキそ う」
うわ言のように呟いて、ぶるっと身体を震わせた。
それは僕も感じていたことだった。
セッ クスの経験は多いとは言えない。決まった相手を作ったことはなかったし、ただの性欲処理なら自分ですれば良いと思っている。僕にとって、一人でするのと誰 かとするのと大した差はなかった。
それなりの時間をかけて育んだ気持の先にいる相手となら、違うのかもしれない。だけど、気持ちを育 む相手もいなかった。仕事上、というのもあるかもしれないけれど、それだけじゃないような気もした。
僕には、人間に必要な肝心な部分 が欠けているのだ。愛情、という。
現に、今まで体を重ねた女性は、全てそういった職業の女性たちだ。
誘われたか ら付いて行って、その時の気分で優しくしたし酷くもした。だけどこんなに気持ちよくなったことはなかった。
反り上がるほど勃ち上がっ たそれから先走りを滴らせ、潤んだ目でこちらを見る彼を色っぽいと思った。今まで見てきた誰よりもずっと。
自然と腰が浮く。突然動い たことに驚いたのか彼は小さく声を上げた。
「あっ……ばか、……ちょっと待て…ッ!」
「どうして?」
気 持ち良いんでしょう、と続けると彼は首を振った。否定ではない。たぶん。
そのうち彼も腰をゆらゆらと動かし始めた。そうなるともうだ んだん何が何だかわからなくなってくる。
壊れたかと思うくらい声を上げて乱れる彼をやっぱりふしだらだと思った。だけどさっきみたい な嫌な気持ちは少しも湧かなかった。
「は、ぁ……ぁっ…ア……っア、レ、ルヤ……!」
「…あ、ぅ……」
「ア レルヤ……ぁ……っすき、だ……好きだ…」
「……んッ…ぼくも…、です…」
咄嗟に出た言葉だった。だけど本当に そうかもしれないと思った。
僕の言葉に目を細めて彼は小さく笑ったけれど、すぐに顔をしかめて目をつむってしまう。同時に、中がぎゅ うっと締まって、絞り出されるように僕は彼の中に吐き出した。
「ぁっ、あ……ッ!」
「…っ……」
びゅ、 と白いものが噴き出して、服にかかった。どさりと倒れてきた彼を受け止める。彼は達したばかりの身体をびくびくと震わせてしがみついてきた。
「…… ロックオン…」
「ーやめろよ」
「え?」
「あいつと同じ名前で呼ぶな」
弱 々しい小さな声で訴えてくる。
「…じゃあ…なんて…なんて呼んだらいいの」
答えが返ってくるまで数秒かかった。
こ れを聞いていいのかどうかはわからない。だけど聞きたいと思った。
「…………ライルだ」
聞こえた名前は不思議な 響きをもって僕に伝わった。
「……ライル……」
復唱するとライルが頷いたのがわかった。更に強くしがみついて来 る。くるしいくらい。
「ー苦しいよ」
訴えると、彼は小さく笑った。「俺も苦しい」と言って身体を起こす。
「お 前と会ってからずっと苦しかった。ー好きだよ、アレルヤ」
その笑顔があまりにも綺麗で、僕はすぐに何か返すことができなかった。
兄 のような人だと思っていたのに。4年前に見た彼と、目の前にいる彼は、こんなにも違う。

ーライルが、愛しいと 思った。