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が欲を満たす姿は、美しさと野蛮さが入り混じっていると思う。 ミッションを終えて地上基地に戻るとステーキが出され た。食堂でのことだ。 向かいの席で既に食事を始めかけていたアレルヤに「今 日ってなんかあったっけ」と尋ねると、逆に「どうしてですか」と質問された。 「いや、別に意味はないんだけど」 どうも、ステーキというと特別な日のメニューだというイ メージが抜けない。 幼い頃の癖なのだろう。 夕食にステーキが出る時、母は決まって「今日は御馳走 よ」と言っていた気がする。 こんな所にいるなんて想像もしていなかった頃。 毎日学校からの帰り道に今日の晩御飯は何だろうかとわく わくしながら歩き、家に入ると途端に良い匂いが鼻をくすぐった。 幼い頃のロックオンにとってみれば夕食というのはその日 の最後を締めくくるイベントのようなもので、 母親の作る料理はいつもおいしかったし、最後のひとつを めぐって兄妹たちと喧嘩をしたのもいい思い出。 (ま、ここでは関係ないことか…) 深い理由はない。たまたま今日のメニューがステーキだっ ただけなのだ。 「あ」 アレルヤの声でふと顔を上げると、彼は何も刺さっていな いフォークを手に持って皿に落ちた一口大の肉を見つめているところだった。 「下手くそだなぁおまえ」 もうすぐ二十歳なんだろ、とからかってやると「だっ て、」と頬を赤らめる。 いつも思うがこういうときの彼はとても可愛い。 ロックオンが五つも年上の所為か、アレルヤはいつだって 背伸びしようとする。 元から大人びた性格だ。背伸びなんかされると、たまに こっちの方が子供なんじゃないかと思うときもあるほど。 けれどこんな時は彼が年相応に見えて、なんだかほっとす るのだ。 恋人になって、セックスをして、しかも自分が下という状 況で年上の威厳もなにもないのだが、やはり全て預けてしまうのは怖い。 こうしてたまに五つの年齢差を確認する時、なぜか自分の 足元がしっかりしているように感じる。 アレルヤはとっくにそれに気づいていて、彼なりの葛藤が あるらしい。 もっと頼ってくれてもいいのにと言われることはしばしば で…要するに、もう一歩踏み込めないのはロックオンの方なのだ。 「僕、最初フォークとナイフを逆に持っていたんです」 「へぇ」 先ほど落とした肉を今度は上手に口に運んだ後、アレルヤ がフォークを置いた。 「教えてくれる人なんて居なかったから、見よう見まねで 食べていました。…きっと、向かいの人を見たんだと思います」 鏡写しになるでしょう? そういって今度はフォークとナイフを持ち替えた。 「あぁ、なるほど」 確かに鏡写しだ。 肉も反対から切ることになるが、逆に持っているため違和 感はない。 「実はここに来て、スメラギさんに言われるまで逆だった んです」 「ほんとか?」 「うん。フォークとナイフなんて、使えて食べれれば良い と思ってたから、言われて初めて気づきました」 「ふーん。…だからさっき肉落とした、って、そういうこ とか?」 「使い慣れてないんですよ」 そんなのが言い訳になるかよ、と自分の分を口に運ぶ。 アレルヤは笑って、フォークとナイフをもう一度持ち替え ると食事を再開させた。 彼にとっては、食事とは腹を満たすものでしかなかったの だろう。 食事のメニューひとつひとつに思い出なんてあるはずがな い。 ただそこにあるから、食べないと死んでしまうから、なん としてでも食べる。 フォークを右手で持とうと、左手で持とうと、そんなこと は重要ではないのだ。 自分との違いを今更ながら感じた。 未だに使い慣れないのかアレルヤはその後も危なっかしく フォークとナイフを操ってどうにか食事を進めていた。 とてもじゃないがスマートとは言い難い。 それほど肉が硬いわけではないのに、切る時肉がナイフと 一緒に動いている。 上手く切れないためか小さく丁寧に切るのを諦めた彼はそ の内大きな口で大きな一切れを食べ始めた。 (ほんと、下手なんだな) 大きく開いた口の中に何とか放りこまれる肉片を見て思 う。 (ーあ、でも) 逆に、きれいかもしれない。 自分が言われてきたごちゃごちゃしたマナーなんてこれっ ぽっちもない。 ただ黙々と空腹を満たすその姿が。 「ーアレルヤ」 「はい」 「俺、今すごくお前とセックスしたい」 「……はい?」 ぼたり、とアレルヤの肉が落ちた。 テーブルに身を乗り出してアレルヤの目を見つめる。 「いやか?」 「え、いや、じゃないけど」 「けど?」 「ちょっとびっくりして。だってロックオン…唐突すぎ」 さっきまでフォークとナイフの話してたのに。 困ったように眉を下げる彼がかわいくて、顔を寄せると触 れるだけのキスをした。 「食事終わったら部屋行くよ。いいだろ?」 身体を元に戻して問いかけると、何を思ったのかアレルヤ はきょとんとした眼でこちらを見た。 「どうした?」 「…なんだ、ほんとに『今』じゃないんだね」 「…はぁっ?!」 まぁ確かに今って言った、けど。 「ばか、お前、誰か来たらどうすんだよ!」 「誰も来ないよ。もう皆食事終わってるんだし」 「ーそういう問題じゃないだろ…」 ロックオンはがっくりと項垂れて肩を落とした。 仮にも公共の場でことに及ぶなんてごめんだ。 大体、歯磨きもせずにディープキスなんてしたくないし、 机は硬くて背中が痛くなるからするなら当然ベッドが良い。 さっき芽生えたものがしゅるしゅると萎んでいくのを感じ た。 「ごめ、んなさい…久し振りだったから、嬉しくって…… もう、きてくれない?」 ちらりと視線を上げるとおろおろと取り乱すアレルヤが 移った。なんだかもうどうしようもなく可愛い。 「…行くよ」 「ー良かった」 にっこりと笑って、アレルヤは最後の一切れをフォークで ぶすりと刺した。 それが口に運ばれる様子をぼんやりと眺めながら、やっぱ りきれいだと思った。
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