頬を掠めるひんやりとした風で目が覚めた。
本来起きる時間になる前に起きてしまったらしい。珍しいなと思いつつ体を起こすと、ベッド際の窓のカーテンが揺れていることに気付いた。
「…あ」
ー昨日、窓開けっ放し。
こんな高い所の窓が開いていても泥棒が入るとは思えないけれど、やはり閉めておいた方が良いだろう。
薄い布団でこれ以上寝れば風邪を引いてしまうかもしれない。
ー俺じゃなくて、こいつが。


隣に目をやると、眠るアレルヤが穏やかな寝息を立てていた。
それを見るだけで優しい気持ちになるから不思議だ。
手を伸ばして髪を梳いたけれど、彼は少し身じろぎしただけで起きる気配はない。

 


「ロックオン、オキタ!ロックオン、オキタ!」
アラームの代わりをしているハロが目を覚まして騒ぎ立てる。
静かにするよう指で合図するとすぐに大人しくなったが、浅い眠りが常だったアレルヤには無駄だったらしい。
「…ん…ロックオン…?」
やはり起こしてしまったか。
「おはよう」
「…おはようございます」
まだいくらかぼうっとした返事が返ってきて、自然と目を細めてしまう。
「どうかした?」
「…幸せだなぁって思ってさ」
あの絶望にも似た戦闘からは想像できなかった日常は、こんなにも暖かい。
マイスターとしての仕事を終えて、アレルヤと一緒に住み始めてからもう2年になる。
全て終わったら自ら命を絶とうと思っていた自分と、戦うこと以外に存在意義を見いだせなかったアレルヤが今も生き続けているのはお互いの存在があったから。ただそれだけ。
理由もなく生き続けることは出来ず、すぐ目の前にあった物に縋り付いてしまった。
これで良かったのか、悪かったのかはよくわからない。
けれどそうして生きながらえた今は、驚くほど喜びに満ちている。
手の届く場所に愛するものが居ること。
振り返って微笑むこと。優しい目で見つめられること。
もう決して持つことのないだろうと思っていた、家族に向けるような絶対的な情。
それをお互いが感じている。
「僕も幸せです」
腕が伸びてきて頭を優しく撫でられた。そのまま引き寄せられてキスをする。
体勢が少しきついまま何度も啄ばんだ。
「今でも時々…夢なんじゃないかと思うことがある」
キスの合間にそう伝えると、アレルヤが首をかしげた。
「ゆめ?」
「これとは別の日常があるような気がするんだ」
目が覚めたら、また戦いに身を投じなければいけない。そんなことを思ってしまう。
家族と暮らしていた時間と同じくらいかそれ以上を戦って過ごしてきたから、こんな当たり前の生活に慣れないのだ。
「僕も…そんな気がしてます。もしかしたら本当にそうかもしれない」
体を起こしたアレルヤに、今度はこちらが尋ねる番だ。
「どういうことだ?」
「まだ僕らの力が必要とされてる。そんな気がしませんか」
また、呼び戻されるかもしれない。
十分ありうる可能性だ。
「あぁ…そうだな」
どこかで、そうなってもいいと思っている。
自分のしたことに対する罪悪感が拭えないからだ。
こんなにも当たり前に幸せな日常など、自分には似合わない。
悲しいことだと思う。


ー戦場以外で自分が死ぬところを想像できないのだ。

きっと、アレルヤも同じ。

「ねぇ、ロックオン」
「ん?」
あるはずのなかった今。
この先の時間も限られている。
再び戦場に赴くことがあったとしても、構わない。
けれどそれまでは生きていようと思った。アレルヤの為に。


「出来るだけ長い間、一緒に居ましょうね」
頬を撫でる暖かい手に顔を摺り寄せた。
「…うん」


そして願わくば戦場で、彼と共に散れれば良い。