人に伝えられることには限界があると思う。 それは隠したいんじゃなくて、伝えられるだけの表現を知らないから。 その方法は、きっと誰も教えてくれない。 自分で見つけるしかないけれど、例えば見つけようとしなかったらどうなるのか。 伝えようとしないままで、こんなにももやもやしたままで。 自分から突き放したはずなのに、もう一度近づきたいと願う。 けれどそれを伝える方法を知らない。 傍に居て欲しい。だけど、それは自分の望みであってそうではない。 彼の身体は彼のものなのだ。 別れてください、と伝えてから1ヶ月が過ぎようとしていた。 ぼうっとしていても時間は勝手に過ぎる。 ミッションを与えられたらこなさねばならないし、 彼と組むことだってあった。 顔を見るのは辛かったけれど、その時はその時でやるしかないのだ。 いつも通りに過ごせばいいのだと思っているうちに、 いつしかその生活はロックオンと付き合う前の頃へと戻っていた。 どうせならもっと前に戻ってくれれば良いのに、 気持ちまでは戻らず、例えば食堂で彼を見つけると、自然と目で追っている。 向こうはそれに気づいているのか居ないのか、一度も目があったことはなかった。 やはり、彼の中では一区切りついているのだろう。 それでいい、とアレルヤは思った。 これで元の同僚に戻ればいい。 自分のこの気持ちだって、いつか消えてくれるはずだと信じていた。 部屋の呼び出し音が鳴ったのは、その日のミッションが終わった、夜のことだ。 「はい」と返事をすると久しぶりの自分へと向けられた、彼の声。 「アレルヤ、俺だ」 「…ロックオン?」 「入れてくれないか」 正直、アレルヤは戸惑った。 1ヶ月間、極力顔を突き合わせて話す事を避けていたからだ。 けれどここで断れば彼は困るだろう。傷つくかもしれない。 そう思うと、鍵を解除せざるをえなかった。 「…どうしたんですか?」 「ずっと、考えてたことがあって」 「考えてたこと?」 「−人間はいつ、どうやって愛を学ぶと思う?」 何を言われているのかさっぱり分からなかった。 意図が読めない。 彼は何かを諭そうとしているのか。 返す言葉が見つからず黙っているアレルヤに、ロックオンは続けた。 「多分それは、親からの愛なんじゃないかと俺は思う。 親じゃなくても良い。誰か、自分を無条件に愛してくれる人が居れば、そこから学べると思うんだ」 「…」 「お前には、そういう人が居たか?」 「…いま、せん」 そう言うのがやっとだった。 彼の言ったことの意味はなんとなく分かる。 いわゆる、無償の愛というやつじゃないのか。 それは、自分もずっと思っていたことだ。愛されなければ、愛せない。 つまり、僕は、 「そういう気持ちっていうのは、誰かに与えられなきゃ誰かに与えることは出来ない。 いつまでも一方的な想いばかりじゃ、それは愛とは言わない」 「…」 「アレルヤ」 「はい…」 「お前は俺を愛したいとは思わないのか?」 「……そんな、」 だって、愛し方を知らないのに。 途方にくれた気持ちで少し泣きそうになった。 どうすれば良いのか分からず彼を見ると、 ロックオンは「悪かった」と言って頭をかいた。 「俺の言い方が遠まわしだった。つまり、だ」 彼の手が頬を包んだ。 「俺にお前を愛させてくれ、アレルヤ」 「…え?」 どういう意味。 「俺だけ独占させてやる。子供に戻って、もっと我侭を言え。 俺は絶対に、お前を嫌いになったりしない。お前が愛し方を知るのは、もっと先だ」 「…ロックオン、」 「どうした?」 良いんですか。僕はあなたに愛されるだけの価値があるんですか。 もっと沢山の言いたいことは声にならず、ただ口をぱくぱくと動かした。 ようやく出てきた言葉が「嬉しい」だなんて、本当に。 ー僕はいつだって伝え方を知らない。 ロックオンに抱きしめられて背中に腕を回して、 頭を撫でられてなんだか子供扱いだと思いながらも確信した。 自分はこの人から愛を学ぶ。 そして、学んだ分を返していくのだ。 それにはどのくらい時間がかかるのだろう。 独り言のように呟くと、彼は「一生かかって返してもらう」と笑った。
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