子供の笑い声が聞こえる。

公園から流れる寂しげな曲に合わせて歌を歌っている。

なんの曲だか知らないけれど、家に帰る時間だということを知らせる鐘のようなものらしい。

曲が鳴り終わる頃には、その笑い声も遠く響いていた。

もう何時間たつのだろう。

海の見える公園のベンチに座って、アレルヤは待ち続けていた。

自分で言い出しておきながらなぜ来ないんだという怒りは、初めこそあったけれども、

約束の時間をとうに過ぎた今ではもう何も感じない。

もしかしたら来ないかもしれない。

でもそれは絶望でも失望でも諦めでもなかった。

ある種の高揚にも近い思いだ。

(きっと僕は試されてる)







一体いつから好きだったのだろう。

思い返してみてもはっきりしたことはわからなくて。

どうしてこの人なんだと戸惑いつつも好きだと言う気持ちは抑えられなかった。

触れたいと思い、例え受け入れられなくとも、伝えずにはいられなかったのだ。

「あなたが好きです」

一番シンプルで、子供みたいな告白。

彼は、ロックオンは、少し困ったような顔をしながら、そのまま触れるだけのキスを受けてくれた。

そして言ったのだ。

「明日、2時に待ち合わせな」

場所もきちんと指定して。







ロックオンと知り合ってから日は浅いが、彼が待ち合わせに遅れたり、

約束をすっぽかしたりする人物だとはアレルヤにはどうしても思えなかった。

だから今回の事にも何か意味があるのだろうと思ったのだ。

そうして一人で悶々と考えた結果、試されているのでは、という結論に至った。

違うのかもしれない。本当に忘れているのかもしれない。

けれど一度そう思えば、彼が来るまで待たないわけにはいかなかった。







「よう、アレルヤ」

待ち人の声で顔を上げた。待ちくたびれて眠ってしまっていたらしい。

何時間も遅刻しておきながらちっとも悪びれた様子のないロックオンはアレルヤの隣に腰を下ろした。

「悪ぃ、寝坊した」

「…嘘はやめてください」

「道に迷った」

「ロックオン」

「…わかってる」

どうしてこんなに遅れてきたんですか。どうしてそんな見え透いた嘘を吐くんですか。

何を言おうとしたのかわからないが、これ以上言うことは出来なくなった。

しばしの沈黙の末、ロックオンが口を開いた。

「…なぁ、なんで怒らないんだ?3時間も遅れて来たんだぞ」

約束から3時間も経っていたのか。

怒りはもうどこかに消えてしまった、とも言えずに苦笑してロックオンをみると、彼は眉間に皺を寄せて、なんだか怒っているみたいだった。

おかしいじゃないか。この場合、彼が言うように怒るのはこちらなのに。

「俺が来なかったらどうするつもりだった」

「基地に帰ってましたよ」

「怒ったか?」

「…わかりません」

「なんで。どうして怒らないんだ」

「僕を怒らせようとしてるんですか?」

視線が逸れた。目が泳いでいる。

話の筋が見えず、やっと会えたのになんだか悲しくなった。

そしてまた沈黙。

やがてロックオンは、彼をじっと見つめるアレルヤから逃げるように立ち上がった。

「…怖かったんだ」

「…なにがですか?」

「…」

「…ロックオン?」

「わざと遅れたのに大した理由はない。ただ、中途半端な気持ちでお前に会いたくなかった」

「はい」

相槌を打つ以外に何ができただろう。彼は自分に、何か言おうとしている。

何か、大事なことを。

「ここへ来ながら考えてた。もし、お前がまだ待ってたら伝えようと」

彼が振り返った。夕日が眩しい。逆光で顔がよく見えない。けれど口が動いたのは見えた。

「ーアレルヤ」

「…はい」



「俺もお前が好きかもしれない」



何も言えずに立ち上がると、さっきよりもロックオンの顔がよく見えた。微笑んでいる。優しく。

その瞳に吸い寄せられるように唇を重ねた。

外だろうと、人目があろうと、そんなことはもう関係なかった。



口づけが終わり体を離すと、ロックオンが手を差し出した。

「帰ろうぜアレルヤ。明日はまた仕事だ」

その手を取って、歩き出す。

前を歩く彼の後ろ姿を綺麗だと思った。



そして、その繋がれた手の温もりが何よりも。





何よりも嬉しかった。